10.誇りに懸けて ***SIDEル・ノートル伯爵

 ルフォル古代帝国の血族である事実が礎だった。そこらの新興国とは比べ物にならない文明を誇った一族の末裔であり、貴族の役割を理解し実践する。穏やかで平和な生活を愛し、民を虐げることなく共存した。国が困窮すれば貴族がこぞって私財を投じて助ける。貴族は民の代表であり、支配者ではなかった。


 愚かな国々とは違う。鷹揚な振る舞いは我らの誇りだった。古代帝国の血を引く王族の直系、それも第二王子殿下が臣籍降下なさる。遺跡のある土地を守るため、手足となる貴族を募って隣大陸へ渡ると。聞いた時、参加するべきだと名乗りを挙げた。


 直系王族の姫君が嫁ぎ、足掛かりを作るという。すでに結婚なさった第一王女殿下は、王族籍から離れていた。残るは末の第二王女セレスティーヌ殿下か。専属騎士と恋仲の噂もあったが、政略結婚となれば恋は諦めるしかないだろう。お気の毒なことだ。


 様々な思いと願いを抱いて、セレスティーヌ姫は嫁がれた。大陸統一を果たしたルフォル王国の次の標的である隣大陸、ヴァレス聖王国の王妃となられる。王子殿下を産み国母となられたが、その後は国王と距離を置いた。


 ヴァレス聖王国は海辺に広がる領地をもち、海の向こうにある祖国ルフォル王国との窓口だ。交易をしながらチャンスを狙い、ゆっくりと土地に根付いた。足元の土の中で地下茎を張り巡らす薬草のように、侵食していく。いつか気づいて引き抜こうとしても、排除できないように。


 本国からの支援を利用し、土地を豊かにして民の支持を取り付けた。港の整備を行い、その領主に「ル・」の尊称を持つ同輩が収まる。全体を指揮する大公閣下も、嫁いだ妹君に続いてご令嬢を王家と婚約させた。


 その甲斐あってか、ヴァロワ王家を取り囲む貴族の半数を同族が占める。いつでも決起できる状態で、事件は起きた。ル・フォール大公家のご令嬢が、婚約破棄されたのだ。それは反逆の狼煙だった。もう我慢する必要はない。ルフォルの誇りに従う時が来た。


「次期様と姫様に続け!」


 俺の号令で、傘下の子爵家や男爵家が動く。侯爵家は己の果たすべき役割のために、すでに場を離れていた。ここから一気に動いてヴァロワ王家を潰す。意気揚々と主君に従う我らの耳に聞き捨てならぬ暴言が飛び込んだ。


「古臭い蛮族の女狐め、ようやく……」


 頭に血が上り過ぎて、後半は聞こえなかった。目の前が真っ赤に染まり、怒りで息が荒くなる。ルフォルの血族を、蛮族と称したのか? 古い歴史を古臭いと断じただと?! たかが……新興国のサル風情が!!


「あれはですな」


 冷たい声に怒りを滲ませたル・リボー伯爵の声に、冷静さを取り戻す。報復をするにしても、ここで騒動を起こすのは美しくない。次期様と姫様のご立派な振る舞いを台無しにするところだった。深呼吸し、震える唇を舐めて声を低く絞り出す。


「すぐに手配しよう」


 ル・リボー伯爵の応じる声が遠く聞こえた。我がル・ノートル伯爵家は、騎士団長としてを支えてきた。大切な主君である大公家を罵る、賊を放置するほど腑抜けていない。名誉も存在も跡形もなく消し去り、生きていることを後悔させてやろう。

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