11.砂に描いた城 ***SIDEオータン子爵
未来の国王となるアシル王太子殿下が、娘を見初めた。一子爵に過ぎないオータン家にとって、最高のチャンスだ。すぐに娘を差し出した。
惚れあった者同士、他に王子もいない。現国王陛下が反対したとしても、周囲の貴族が何を騒いでも、覆らないと信じた。王妃を出した子爵家など、歴史上初だろう。
いずれ娘が孫を産めば、未来の王の外戚になれる。名誉も金も権力も、何でも手に入ると浮かれた。その幸せに水を差したのが、現王妃セレスティーヌだ。ル・フォール大公の妹であり、隣大陸を支配するルフォル王家の直系だった。
家柄、美貌、賢さ、何をとっても娘が劣る。それでも王の寵愛が移らなければ問題ない。実際、国王となったアシル陛下は、我が娘との付き合いを続けた。まだ運は尽きていない。
王妃の産んだジョルジュ殿下は、考えが足りない。王妃の失脚を狙い、王子に罠を仕掛けた。平民の女性との出会いを演出し、愚かな女に引っ掛かる王子に囁く。あなたは間違っていない――と。
ジョルジュ王子は、夜会で婚約破棄を宣言した。すでに閨を済ませた夫婦のように、平民の腰に手を回して。さぞ屈辱だろうと大公女の顔を見れば、清々したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
腹立たしさから罵りの声が漏れる。その怨嗟の根源は、王妃セレスティーヌだった。ル・フォール大公家の面子は完全に潰れたはず。なのに、なぜ笑っていられる?
苛立ちながら帰宅した俺は、すぐにその意味を理解する。屋敷に大量に届けられた、黒い帯の入った封筒。山積みにされた封筒の宛先を確認する執事の顔は真っ青だ。
「何事だ!」
「旦那様、これをご覧ください……もう終わりです」
何を不吉なことを。これからすべてが上向くのだ。我が家には、王女がいる。公爵家預かりになったが、国王アシル陛下と娘の間に生まれた正当な血を誇る王族だ。外戚として権勢を振るう日も近いというのに!
差し出されたリストには、錚々たる家名が並んでいた。公爵家から始まり、格下の男爵家に至るまで。いや、一部は騎士爵まで含まれる。黒い帯の封筒は絶縁を意味した。国の大半の貴族が付き合いを拒絶した、その事実を驚きを持って受け止める。
ル・フォール傘下の貴族はもちろん、それ以外の家名も並んでいた。逆にまだ届いていない家の方が少ない。
「っ、どういうことだ!」
「ル・フォール大公家からも届きました」
のんびりと今頃届いた封筒に眉を寄せ、読まずに踏みつけた。他の手紙もすべて投げ出し、不吉な黒い帯を踏み躙る。そんなことをしても何も変わりはしない。分かっていても、我慢できないほど腹立たしかった。
「大変です、お嬢様が……」
「なんだ?!」
今度は何が起きた。そう尋ねる俺の耳に、聞きたくない報告が入る。
「……さきほど夜道で馬車が事故に遭い、お亡くなりになられたと」
報告が入った。伝える侍従の頬を殴り飛ばす。殺されたに違いない。未来の国母となる娘に何ということを! そう思った矢先、別の報告が届いた。
「ジュアン公爵家からも……」
「なんだと?!」
孫娘を預かる公爵家が、絶縁を示す黒い帯の封筒を? なぜだ、王女は俺の孫娘だぞ!
手にした封筒の家名と紋章に間違いはない。娘が死に、孫は取られた。何も残っていない……発狂しそうな俺の目に、白々と明ける空の色が沁みた。
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