09.言えるわけがない ***SIDEダニエル

 オータン子爵家は、国王アシルの恋人の実家だった。浮気と表現すればいいのか、ある意味純愛を貫いたのか。国内でも評価の分かれるところだ。義弟となったアシルは、王としての配慮が足りなかった。政略結婚の意味も理解できない愚か者だ。


 若い頃に知り合って体を重ねた子爵令嬢を忘れられず、ルフォルの血を引く妹セレスティーヌを娶ってからも関係を続けた。偶然にも流行り病で先代国王夫妻が亡くなり、王位を継いだ彼を諫める者はいない。


 いや、ルフォルの貴族は苦言を呈した。それでも押し通した愛に、俺は何も言わない。セレーヌも彼女の存在を完全に無視した。二人が逢引きしようと、毅然とした態度で王妃の役割を果たす。その間に積み重なった証拠が山積みだった。それでも仕事に関しては真面目で、大きな失態はない。


 夫婦の私生活問題だけで王家を倒すことは難しく、次世代である娘シャルリーヌの婚約にも影響が出た。ここでセレーヌが思わぬ提案をする。


「あの愚息を潰しましょう」


 仕事で登城した際、擦れ違いざまに告げられた。侍女や騎士にも届かぬ小声で、口元をハンカチで隠した彼女の冷えた発言は、俺以外誰も聞かなかった。承諾を示すため、ゆっくりと一礼して見送る。哀れな妹に、辛い決断をさせてしまったか。


 苦い思いを噛みしめながら、シャルリーヌやレオポルドと情報を共有する。すると、シャルリーヌは俺と違う考えを抱いたらしい。


「叔母様は、王子殿下を愛しておりませんわ」


 驚いた顔をする俺に、娘は女性側の視点を告げる。愛している子なら、教育内容に口を出す。何もしないのは、理由があるはずだと。


 結果、娘の懸念は嫌な方向で当たっていた。産まれた息子に愛情など持てるはずがない。宮廷医師の診察記録に残された、暴行の文字……妹は無理やり孕まされた。


 先代国王夫妻立会いの寝室で、初夜を迎える。嫌だと泣いた顔を殴られ、先代王に手首を押さえ込まれ、まるで物のように扱われた、と。その診察をした医師が、憔悴しきった王妃の様子を記録していた。


「セリーヌは、なぜ言わなかった」


 相談してくれたら、すぐにでも引き離したのに。政略結婚だからと尊厳を踏み躙ってよい理屈はない。


「言えるはずがないでしょう。自分を愛する家族に、そんな話が出来ますか?」


 ぐっと唇を噛んで目を潤ませた娘は、それでも涙を零さなかった。シャルにとって他人事ではなく、いずれ自分の身に降りかかったかもしれない暴力だ。


「殿方は理解しておられませんが、政略結婚はとても残酷な行いですわ。心を殺して、好きでもない男に体を自由にさせる。どうか、叔母様の前では知らないフリをなさってください」


 ぽろりと涙が落ちた。隣大陸にいる兄は、この事態を予測していたのか? 可愛い妹が非道な扱いをされたと知れば、彼は何を思うのだろう。ちょうどいいと攻め込む口実にするだけか。


 危うく、娘も犠牲にするところだった。その恐ろしさに背筋が凍った。同時に、本国への不信が芽生える。冷静に、慎重に、距離を置いて他人事のように判断すべきだ。盲信してきたルフォル古代帝国の先祖すら、忌まわしく感じた。

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