08.不幸になったら許しません

 早朝から叔母様と乗馬を楽しみ、朝食を庭の見えるテラスで頂く。セレーヌ叔母様はずっと機嫌がよくて、微笑みを絶やさなかった。王妃としてお会いするときは、作った笑顔だったわ。今は自然と零れる笑顔が眩しいくらい。


 侍女が荷解きする部屋から、僅かな物音が聞こえる。叔母様の部屋のベッドに並んで腰かけた。幼い頃、こうやってお父様やお母様の寝室にお邪魔したわ。今考えると、本当に邪魔だったわね。その所為か、私には弟妹がいないんだもの。


 近くで見たら、本当に肌がお綺麗だわ。年齢相応どころか、下手したら私より張りがあるかも? 透き通るような肌に見惚れた。この秘密はぜひ共有していただきたい。お母様にも後でお知らせしなくちゃ!


「お肌のお手入れ、何か特別なことをなさっています?」


「私は薔薇のオイルを使っているわ」


 物音が漏れる隣室へ足を運び、小瓶を手に戻ってきた。叔母様は色付きの茶色い小瓶を差し出す。許可を得て蓋を開ければ、ふわりと薔薇の香りがした。精油とは違うのかしら。キツイ感じではなく、柔らかな感じ……。


「手を出して」


 言われるまま手のひらを上にして待つ。ぽたぽたと数えるほどのオイルが広がった。叔母様も同様にすると、手のひらの上でオイルを温める。真似をしながら、香りを吸い込んだ。すごくいい香りだわ。


「温めて良く伸ばしながら肌に載せるの。擦らず、叩くように沁み込ませるのよ」


 言葉の通りに眦や唇の近くにとんとんと叩き込む。温かくなったオイルの香りが、肌の上でまた変化した。気持ちも安らぐし、とても素敵。


「お昼頃まで日に当たらないようにね、眠る前ならいいけれど」


 日に当たると刺激が強くてピリピリするの。叔母様はくすくすと笑って、秘密を打ち明ける少女のように教えてくれた。お礼を伝えて、オイルの入手方法を尋ねる。


「取り寄せたのはダニエルだから、あの子が知っているわ」


「お父様が?」


 なんてこと! 知っていたなら、お母様や私に教えてくれてもいいのに。後で問い詰めなくちゃ。血の繋がった姉とはいえ、お父様を「あの子」なんて呼べるのは叔母様くらいね。他の人が呼んだら、即座に粛清されると思う。


「ところで……レオポルドと婚約し直すのよね」


「ええ」


 微笑んで肯定すると、周囲を警戒するように見回した後でこそっと耳に囁かれた。


「本当に、レオでいいの?」


「はい、私の意思です」


 命じられたのでもなければ、強要もされていない。きっぱりと言い切った私の頭を抱き寄せ、豊かな胸に押し当てられる。


「叔母様? お化粧がついてしまいます」


「幸せになるのよ、不幸になったら許しませんからね」


「はい」


 王族としての義務を果たすため、己の幸せを諦めたセレーヌ叔母様の言葉が胸を刺す。どんなに鋭い刃より、温かな抱擁より、私の心を動かした。叔母様も……そう言いたいのに、喉に張り付いた声は形にならなかった。

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