04.お前など嫌いだ ***SIDEジョルジュ

 政略結婚の相手として、一方的に宛がわれた女。ヴァロワ王室の血を引く公爵家より高い立場で、王家の国家運営に口出しする。目の上のタンコブのような存在だった。


 初対面で「お前など嫌いだ」と言い放つ。透けるような銀髪に覆われた綺麗な顔の、鮮やかな緑の瞳が瞬いた。きょとんとしている、そう表現するのが正しいか。女はだいたい、この後我に返って泣き出す。面倒くさいと思いながらも、泣かせたいと思った。


「はぁ……さようですか。気が合いますわね」


 微笑まれた時は、こちらが驚いて固まった。泣かないのか? いじめられたと騒がないのか。思惑が外れ、俺は身動きできずに彼女を見送ってしまった。それが最初の顔合わせだ。


 この国の貴族の半分は家名の前に「ル」の尊称を持つ。ル・フォール大公家の臣下であることを誇り、古代ルフォル帝国の末裔であると声高に触れ回る。気に入らない、そう口にした俺にヴァロワの貴族は首を横に振った。


 この日の夜会から、俺は頭の足りない王子と揶揄されるようになった。ルフォルの貴族ではなく、我が国の貴族達が俺に眉をひそめる。理由が分からず、父上にその旨を伝えた。すぐさま叱られ、歴史を学び直せと授業時間を増やされる。


 不貞腐れて退屈な授業時間をやり過ごし、遊びに出た。街中の民は、俺が王子だと知らない。だからだろうか、白い目で遠巻きに文句を言うことはなかった。居心地が良くて、任せられた執務や決められた授業をサボって出掛ける。


「きゃっ!」


「おっと、すまない」


 買ったばかりの串肉を齧りながら角を曲がり、ぶつかった少女に謝る。尻餅をついた彼女に手を差し伸べれば、嬉しそうに笑って「許してあげる」と口にした。反射的に口をついただけで、ぶつかったのはお互い様だろう。そう思うのに、とても魅力的に感じた。


「私、ナディアっていうの」


「ジョルジュだ」


 街に出る頻度を増やし、叱られても構わない。週に一度の婚約者との交流もすっぽかし、ナディアと過ごした。政略結婚で、どうせ将来はあのいけすかない女と過ごすんだ。それまで本当に好きな人と過ごしたっていいじゃないか。


 咎める周囲がうるさく、徐々に遠ざける。何度も注意されていた頻度が減り、やがて誰も何も言わなくなった。それを幸いと、街で逢瀬を繰り返す。あの女を裏切っていると思えば、余計に甘美な気がした。


 人はどこまでも欲が深い。一つを得れば、それ以上を求めた。結婚まで自由に過ごしたいと考えていたはずが、いつの間にか、ナディアと結婚したいと願うようになった。婚約者用に用意された予算を使い、ナディアに宝石やドレスを贈る。代わりに、あの女には小さな花を贈った。


 一応、贈っておかないとマズイからな。金の使い道を尋ねられた時、あの女にも贈った事実が必要だ。どっちの金額が大きいかなんて、わかりゃしないだろう。目を輝かせて喜ぶナディアと結婚するために、俺は決断した。


 婚約を破棄しよう。あの女の家が泣き付けば、仕事をする側妃として雇ってやってもいい。俺は王太子になる唯一の王子だ。誰も逆らえないはず。


 肥大する欲を吐き出すように、夜会の場で俺は吐き捨てた。


「シャルリーヌ、貴様との婚約を破棄する!」

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