03.私の婚約者は兄様です

 屋敷に戻って、出迎える使用人に微笑みかける。後ろに従う分家や傘下の貴族家の馬車列をみて、彼らも察したのだろう。忙しく働き出した。仕事を増やしてしまったというのに、彼らの表情は明るい。


「お父様はどちら?」


「執務室でお待ちです」


 予定通りね。私の企みに気づいてから、お父様は夜会への参加を取りやめた。私が婚約破棄される場面を見たくないそうよ。理由は一つ、見たらその場で王子を絞め殺すから……ですって。


 レオと並んで歩き、譲られて扉をくぐる。立ち上がって出迎えたお父様は、険しい表情だった。距離を詰めて私の頬を両手で包み、そっと撫でる。それから強張っていた表情を和らげた。


「よかった、泣いていたらヴァレスの民を全滅させても足りない」


「愛してもいない殿方と破局しても、涙は出ませんわ。それよりお父様、私との約束をお忘れではありませんわよね?」


「もちろん覚えている。シャルはこちらへ。レオポルドも座れ」


 エスコートをお父様に奪われ、レオポルド兄様の眉間に皺が寄る。しかしむっとした本音は、作り笑顔に隠された。この辺の切り替えは本当に上手だわ。私も見習わなくては。


 ゆったりとドレスの裾を捌いて座り、隣にお父様が陣取る。仕方なさそうに私の左側、一人掛けの椅子にレオポルド兄様が腰掛けた。


「これでようやく、本来の婚約関係に戻せる」


「ええ、仕掛けた甲斐がありましたわ」


 浮気されるよう距離を置き、冷たく接する。それでも動かない意気地なしの王子に、少しばかり手の込んだ仕掛けを送った。阿呆でよかったわ。


「声高に破棄を叫んでくれたので、安心しましたわ。私の婚約者は、本日この時刻からレオポルド兄様です」


「ヴァロワの国王をセレーヌが切り崩せれば良かったが、なかなかの食わせ者だったからな」


 本来、私の婚約者はレオポルド兄様だった。一人娘しかいないル・フォール大公家を支えるため、私の婿となる。そのために養子として迎えられた。本国の公爵家の次男で、血の繋がりは祖父母の代に遡る。


 婚約が決まった直後、セレスティーヌ叔母様がヴァロワを懐柔し損ねたと報告があった。ヴァロワ王家が邪魔で、周辺国との貿易も逃したくない本国は一計を案じた。鷹が産んだトンビとの婚約だ。


 実際に結婚しなくてもいい。だが明らかにヴァロワ有責で婚約関係を破綻させてくれ、と。私を可愛がってくださった曽祖父の指示でなければ、無視したのですけれど。


「では大会議を開こうか」


「ええ、皆様それはそれはお怒りでしたわ」


「当然だな」


 レオポルド兄様は短く吐き捨てた。一番お怒りで、一番嬉しそうだったのは、レオですもの。ふふっと笑い、立ち上がる。食堂に揃ったルフォルの貴族の承認を得て、私達は独立に動く。


 その過程で、小さな小さなお家やヴァロワ王家が滅びたりするかもしれません。でも世の中には尊い犠牲が必要なこともありますわ。今回もそれに該当するのでしょう。


 今夜は気分よく眠れそうですわ。






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