第68話

「待て待て!? それはどういうことなんだ!! 街は戻るのではないのか!?」

 マリアの慌てようが面白いのか、オクタビアは口に手を当て笑う。

「ソルが行ったのはアクセサリウスの罪を贖罪させただけ。街を変えたのは別にいるわ」

 その言葉は見逃せないと、シンの瞳が鋭く光る。

「――なんだと!? ということは、アンタが犯人か!?」

 シンは、ハッとした。

「そうかもしれないし、違うかも知れないわね?」

 オクタビアの口元には未だ微笑が浮かんでいる。

 すると、マリアが何かに気が付いたようだ。

「ということは、貴様じゃないのか!?」

「だから、そうかもしれないし、違うかも知れないわね?」

 オクタビアは未だ余裕を見せている。

「ってことはアンタじゃん!!」

「そうだ! 否定しないのなら、貴様だろ!!」

 バカ二人は、子供の様にうるさく喚く。

「いつかこんなことするって思ってたんだよ。服が汚れただけでヒステリック起こしそうだし……」

「片翼の毒婦。その名に違わぬという訳か……」

 オクタビアの笑顔が引きつり、崩壊した。

「だから!! そうかも知れないし! 違うかもしれないって言ってるじゃない!! 分からないの!! わざとはぐらかしてるのよ!!」

 表情豊かに、羽を辺りに散らしながら声を張り上げた。

 オクタビアが今まで見せたことがない様子に、シンとマリアはまさかと顔を見合わせ、生唾を飲む。

「あの様子――」

「――語るに堕ちたな」

「あぁぁぁぁぁ、もう! 私じゃないから! バカじゃないの! バカでしょ! シン君はともかく、エルの娘!! アンタは、そんなんじゃないでしょ!!!」

 オクタビアの絶叫が響く。

「いやぁ……シンに乗せられてしまってな。すまんな」

 オクタビアの羽が、雪のように降ってくる。

「すまんなって。……シン君は知っているんでしょう?」

 オクタビアは、溜飲が下がったのか落ち着きを取り戻したようだ。

「まぁな。宝石化の犯人は少なくともオクタビアじゃない。あんなに慕ってたロザリアを攻撃なんて出来ないもんなぁ?」

「……不愉快、帰るわ!」

 オクタビアが頬を膨らませると、ゆっくりと上昇する。

「ちょっと待ってくれ!」

 すると、地上からシンが声を張り上げる。

「なにかしら?」

「そっちでも、宝石化を直す方法探してんじゃねぇか?」

「ロザリアの記憶を共有したのかしら。随分と物知り顔してるようね?」

「んなことねぇよ。昔と今じゃ、何もかもが違う。こんな情報一つでドヤ顔はしねぇよ」

「それで? なんでそんなこと聞くのかしら? 私たちは敵なのよ?」

 オクタビアの抱いた不信感と不快感は、シンの太陽のごとき笑顔で吹き飛んだ。

「不思議とアンタは敵だとは思わねぇ。それだけだ」

「……はぁ。アナタは反省しないの? その能天気のおかげで、そんなボロボロになったのでしょう?」

「ほらぁ! オレのこと心配してんじゃ〜ん! オクタビアはやっさしぃな~」

 オクタビアの白い肌に青筋が浮かぶ。

「へぇぇぇ……いい度胸してるじゃないの。私を怒らせたいようね? えぇ?」

「怒んなって。冗談だよ冗談」

 すると、シンの肩にフェニックスが止まる。

『そうなんです。あの子はシンの心配をしてくれているんですよ。考えてみてください。帰ることなく、シンがソルを失って悲しませないように言葉を尽くして慰めてくれています』

「はぁぁぁぁぁ!? 言うようになったじゃない!? なにぃ? 契約者ってのはどいつもこいつも、アンタたちに似てなきゃいけないのかしらぁぁぁ!?」

 シンとロザリアの能天気さが、彼女は似ていると感じているようだ。

『まぁまぁ。朝から元気ですね。もう、大人なんですから落ち着きを見せましょうね? あ、まだコーヒーは好きですか?』

「もぅぅぅぅぅぅぅ! ほんと性格悪い!! 知らない!!! ゼドを見つければ治るかもって教えようと思ったけど、もう知らない!!!」

 オクタビアは頬を膨らませながら、空高く飛び上がる。不機嫌さを現すように、大きな音を立て、片翼を空に叩きつけていた。

「オクタビア!」

「なによ!?」

 シンとロザリアが見上げている。

『また、会いましょう』

「またな」

 能天気な別れの挨拶をする二人。

 オクタビアは、そんな相手に怒りを抱いていることがバカらしくなったようで、息と一緒に溜まった不満を吐き出すと、

「えぇ、また会いましょう。マリアちゃんもまたね」

 今度こそ、遥か彼方へと消えていった。

 既に朝日が昇り始めていた。

 冷たい風が全身を包み、戦いの痕跡を残すアクセサリウスへ吹き渡っていく。

 ある程度、自由に動けるようになるとシンは行動を開始する。

「そんじゃ、帰っか。……あ! その前に家によってみっかな~」

 自宅へ向かおうとしたシンの肩に伸びるマリアの腕。

「いだだだだだだ!?」

 ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。

「まぁ、待ってくれ……」

 シンの肩越しに覗くマリア。暗幕のように表情を隠す前髪の奥には、鋭い眼光があった。

「……シンにやられたこめかみが物凄く痛むのだが? 言っていたな、何してもいいと?」

「うッ!? ご、ごめんな? あの時はさ? なんつーか、気が動転して……本当にごめんなさい」

「ふっ、謝ってくれれば――などと許す訳あるかぁあぁぁ!」

 マリアは、衝動に身を任せシンの首を締め上げる。

「どれほど痛かったか! それほど傷ついたかぁぁぁぁ! 辛かったんだぞ! 苦しかったんだぞ! それをごめんで済ませていいと思っているのかぁぁぁぁぁ!」

「いだだだだぁぁぁぁいいぃぃぃッ!!」

「反省してないだろう!! シンはいっつもそうだ!!! なんでも背負って一人で潰れて!!! 置いていかれる側の気持ちも考えろ!!」

「ごめんなさい! ごめ、ごめごめ、ごごごごめめめめめ!」

「ふざけているだろぉぉぉぉぉぉ!」

 シンは、マリアが気のすむまでサンドバックになった。

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