第67話
朝焼けの空に消えていく黒い粒子をシン、マリア、オクタビア。全員が静かに見送った。
沈黙を破ったのは、オクタビアだ。
「シン君、ありがとう。ソルと友人になってくれて」
「別に、アンタに感謝される言われはねえよ」
「うふふっ……尽きかけた命を使って王様のために戦って死のうって。優しいあの子の最後の我儘だった。何かと貧乏くじを引いてきたあの子が……欲しかったものをようやく手に入れたみたい。……とても満足そうだったわ」
空を見上げ続けるオクタビア。彼女の瞳は潤み、悲しみにくれているのが誰の目にも明らかだった。
だからこそ、シンは悲鳴を上げる身体に鞭打ち、
「ソルの仇討ちっていうなら、オレは戦う。それがアイツの分まで背負うってことだから」
オクタビアの表情には一切の敵意はない。むしろ、成長を喜ぶ母のような優しい笑みを浮かべていた。
「そう。もう、選ぶことは怖くないのね?」
太陽を遮る揺蕩う雲のような柔らかい言葉だ。
「友達に教えてもらったからな」
「……そう。本当、ソル好みのいい子になったわね。ほら、アナタのジルコニウムを御覧なさい」
黒いアームカバーに包まれた右手が伸びる。オクタビアの病的に細く白い指が、シンに視線を落とせと命令を下す。
「ジルコニウム……指輪か……ん?」
いつの間にか、指輪のリング表面に”S”の文字が刻まれていた。
シンはいつの間にと驚いているが、マリアは何やら心当たりがあるようで、
「”S”だと ……奴の力……なるほどな、つまらないことをするものだ」
ムッと眉をひそめている。
「どうしたんだよ? 何か知ってんのか?」
「いや、何を意味するかは知らん。が、おおよその見当はつく」
「ホントか!? なんだよ!?」
「……ふぅ、そのまま悩んでいればいい」
「はぁ!? これが毒とかならどうすんだよ!?」
「それはないだろう。そうだな、オクタビアとやら?」
何かに不貞腐れているマリアは、どんよりと濁った瞳でオクタビアを射貫く。
「うふふ、そうね。害はないわ。むしろ、あの子の愛がこもってるわね」
「野郎の愛かよ……まあ、いいけどよ」
「あら? 何言ってるの――」
「奴は女だ……」
オクタビアの声を遮るマリアの唸るような低い声。彼女の心情をなんとなく理解しているオクタビアは苦笑いしてしまう。
「ほぉ?」
ソルのことを手のかかる弟と思っていたシンは、目を丸くして驚く。が、三秒もすれば驚愕は消えていった。
「えっ!? っと思ったが、まあどっちでも関係ねぇわ。そっかぁ~ソルの奴がな~」
シンは友人が刻んでくれた文字を嬉しそうに眺めている。
「うぉぉぉっっほぉぉん!」
それが気に入らないマリアは、あり得ないほどの大仰な咳払いでこの場の主導権をひったくった。
オクタビアは、マリアの行動が面白いのか終始笑顔を浮かべている。
「あらあら。可愛い嫉妬だこと」
「子供のマーキング程度、別段騒ぐことではない」
「あら、知っていたのね? アナタたちには、情報は降りていないと思っていたわ」
オクタビアの言葉には棘を感じる。
マリアの感情は逆撫でされ、いつもの冷静さは消え失せた。
「私たちは貴様らほど長命ではないが、研鑽と知識の積み重ねにおいては負けていない。貴様らが、死に際に文字を刻むことも知っているさ」
「あら? 王都の本当の意味も知らないのに?」
オクタビアの煽りは成功した。
マリアは、あり得ないほどに眉間にしわを寄せている。
「はぁぁぁぁぁぁぁ? 確かに知らないこともあるがぁぁぁ? だが聞いているさぁぁぁ? 片翼の毒婦は後方から命令しかできない外見しか自慢できない高慢女だとなぁぁぁぁぁ!」
「それ……絶対に私情が入ってるでしょう」
「うるさい! 勝手にしゃべるな! 聞かれたことだけ素直に答えろ!!」
「情緒不安定もいい加減にしなさい! なに!? ソルに嫉妬してるのかしら!?」
マリアは顔だけでなく、首まで真っ赤に染まっている。
「しぃっ!? ……ふっ、言っただろう? 子供のイタズラなど笑って流して、痕跡抹殺してみせるとな?」
「……アナタめんどくさいわね。シン君。この子、情緒不安定よ。アナタのこと不幸にしかしないわ」
オクタビアの言葉の審議を確かめるべくシンは、
「じ~」
マリアをじっと見つめる。まん丸な目は、三白眼に変化していた。
「なっ!? そんな目をするな!? 私は……そんなこと!?」
慌てふためくマリアを見ると、シンはニカッと笑った。
「知ってるよ。マリアは面倒臭くて、我こそは正義って面してる。気丈に振舞ってるけどメンタルクソザコだし、言い出したら聞かない頑固者だし。……まあ子供だな」
「なっ!?」
「でも、そんなマリアがオレは好きだ」
「す、すきぃぃぃ!?」
「おう、大好きな友達だ」
「お、おう。……そうだな」
押し黙ったマリアの真意を察することなく、シンはオクタビアに問いを投げる。
「オクタビア。アクセサリウスはソルが変えたわけじゃない。だから、戻らない。それであってるよな?」
「正解よ。ロザリアに聞いたのかしら?」
「まぁな」
二人のやり取りは、マリアの正気を取り戻させるには十分だった。
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