第64話

「……何度も思ったよ。戦ったのが今の君たちで助かったってね」

 喋ることすらままならないシンとマリア。

 滝のような汗を流し、その場で倒れこんでいる。気力も体力も限界のようだ。

「数日……いや、数時間かな。君たちが力に対する理解を深めていたら、倒れていたのは僕だった」

 ソルは、心の底からこの二人を称賛していた。経験がない中で考え、実践し、命を賭して挑んできた。その勇気は、かつてのソルが持ちえなかったモノだったからだ。

(変化を怖がっていた子が、ロザリアと契約した。ほんと、王様にそっくりだよ。その、辛い時に浮かべる笑み。ゼドと並んでる時みたいだ……)

 ソルは既に勝手気でいるが、当の本人たちはまだ敗北したとは思っていない。

 ”勝負は気持ちが大事”。そんなソルの言葉通り、二人は立ち上がろうとしている。

「……まっだ、だろ……なぁ、マリア……」

 シンが呼吸する度に、隙間風のような甲高い音が聞こえてくる。

 震える身体に鞭打ち、シンはゆっくりと立ち上がる。ニヤリと笑いながら。

 シンは、負けん気があるから笑っている訳でも、逆境を楽しんでもいない。その言葉通り、シンはマリアとなら何だって出来ると思っているだけなのだ。

 そして、マリアもそう思っている。 

「あぁ、あぁあ!! ……手足は、動く……まだっ、戦えるッ!!」

 マリアもシンのことを信頼していた。だから、全身が悲鳴を上げながらも立ち上がる。

(英雄エル。不運がなければ僕たちの王になっていた男。そして、エルの娘マリア。僕たちの姫になったかもしれない女。君もまた、自らの殻を破った雛鳥なんだ)

 傷だらけなんて言葉では生易しい。死にかけの二人は、ソルに立ち向かおうとしている。

「かつての王都の民、序列二十六位、罪の執行官ソル。二人とも、もう終わりにしよう」

 憧れた二人の資質を持つ人間だからこそ、ソルもまた迎え撃とうと決めた。

 すると、ソルは気が付いた。

(アクセサリウスの崩壊が止まっている……いつの間に……)

 計画は狂ったが、今となっては些末なことだ。

「かかって来なよ!! 王都騎士団!!」

 ソルは、雛鳥が魅せる羽ばたきを受け止めたくて仕方がないのだ。周囲に放つ特大の黒い衝撃も、”向かってこい”という合図だ。

「マリア!」

「シン!」

 二人は、獣のように前傾姿勢を取った。白い制服は所々が破れ、血に染まった肌を露出している。

「オレらが力を合わせれば行けるはずだ」

「あぁ、なんだって出来るさ。今回も……これからも」

 二人は手を重ね、淡く白い輝きを生み出す。二つの力を合わせることで、新たな力を生み出そうとしているのだ。

 対するソルも奥の手を解放する。

「はぁぁぁぁぁぁぁ――僕の、このソルのsinの姿を、現せぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 張り上げた声に呼応するように、ソルの全身が黒く染まった。絵の具の様なそれはソルを塗りつぶすと、移動を開始。その全てが地面に落ち、黒い池を生成した。

 そして、ソルの背後に出現した巨人。

「はぁ、はぁ……久しぶりだね、僕……」

 足元の池から出現したのは、腰から上を地面から生やした黒一色の巨人だ。これこそが、ソルの力の根源であり、罪の形であり、持ちうる限りの最高の殺傷能力を誇る技だ。

「どうする……騎士たち」 

 異形の小さな戦士は獰猛に笑いながら、未熟な人間の戦士たちの力の結晶を待つ。

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