第63話

 上空から振り下ろされたそれを、ソルは止められない。

「いぃッ、がぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」

 顔をしわくちゃにしながら特大の絶叫を上げた。

 腹を貫く白い牙の放つ衝撃は、ソルだけに留まらず、周囲の地面に大きなクレーターを作り出した。

 しかし、ソルは未だ意識を繋ぎとめていた。

「何度も……」

 苦痛に震える右腕が伸び、

「っ!?」

 シンの腕を掴み取った。

「何度も……なんどもぉぉぉぉぉぉッ!」

 ソルは左手にエネルギーを集約させ、

「やばッ!?」

 拘束により身動きできないシンへ放った。

 ゼロ距離の爆発をもろに浴びたシン。黒煙の塊の中から飛び出し、体勢を立て直すため後退する。

「はぁッ、はぁ……なんでっ……滅茶苦茶、頑張ったんだけどなぁ……」

 シンはこの現状を理解できずにいた。慢心でもなく、戦況が理解できていない訳でもない。本来ならば、ソルはとっくに膝をついているはずだった。こんなにも力が出るとは、ロザリアも想定していなかった。

「……僕を舐めないでよ。……僕には、負けてやる理由はまだないからね……ほら、気持ちってのは大事でしょ?――っはぁ!」

 ソルは、全身に力を漲らせる。外相は変わらず血と火傷にまみれているが、言葉や態度など全てが気力にあふれている。

「シンは確かに強い。近接はもちろん、距離をとっても対応できる。更に、ロザリアと瞬時に意思疎通ができるならそう敗北はないだろう。だけど、二人になったからこそ僕には勝てないんだ」

 ソルの指先に”S”の文字が浮かぶ。それは、ロザリアにとっても馴染み深い技だ。

『審判を受けてはまずいです!?』

「あの力か!?」

 ソルの行動を予期したシンたちは動き出すが、ソルが勝ったようだ。

「――二人のSinの姿を現せ」

 防御不可能の罪の力が二人へ迫る。

 しかし、ソルは忘れていた。この場にはもう一人いることを。

「葛よ、収束しろ!」

 氷に包まれたマリアの左腕がソル右腕を掴んだ。一瞬にして、収束していた罪の力と共に手の平から肘にかけて凍らせた。

「私を忘れてもらっては困るな」

「ちっ!?」

 ソルは、急いでマリアの腕を引きはがすと、回し蹴りを繰り出した。その動きを予測していたのか、マリアはひらりと躱すとシンの隣へ着地する。

 右腕を力強く振ることで、氷を引きはがす。薄皮一枚凍らせた態度だったようで、ソルにダメージは与えられていない。

「いやぁ、ごめんね? 君は影が薄いからさ〜。正直、エルの力持っていても僕たちについていけないでしょ?」

「ふっ、そうだな。だからこそ、準備をしたのさ」

 すると、マリアの左手を覆う氷が変化していく。

「父は局所的に指輪の力を発することで、貴様らと対峙していたようだが、今の私には不可能だった。どうしても、力を押しとどめておくことが出来なかった。だから、常に放出することにした」

 マリアは屈み、左腕をだらりと下げる。今にも駆け出しそうな姿勢だ。

「最大の威力を発揮できる代償に、最悪の効率となってしまったが、これなら無視はできないだろう?」

 マリアの左手を中心に、激しい青いスパークが発生する。

「……あぁ、それはヤバいね……」

 バチバチと音を立て空気を焼く。僅かに接触した地面は、僅かだが抉れていた。

「――シン、合わせてくれ」

「あぁ――」

 二人の姿が掻き消えた。

 出現は同時だった。ソルの左右に出現した。

(速いッ!?)

 ソルは、回避に専念し様子を伺う。縦横無尽に駆け回るが、赤と青の輝きが磁石に引き寄せられるように、超高速で追尾する。

 先ほどまであった力量差が覆されようとしている。ソルは、焦りをぶつけるように黒色のエネルギーを放出する。

「accusation(アキュゼイション)」

 ターゲットはシン。しかし、横切る様に現れたマリアの左手により阻止された。その隙を見逃さないシンは、

「――炎舞」

 オレンジ色の炎がソルを襲う。

「まだッ」

 両手を交差し、シンの拳を防ぐ。爆炎までは防ぎきれず、火傷を負ってしまうが必要経費だ。致命傷は避けねばならない。

(……シンはダメだ。……まずはマリアを――)

 ソルは狙いを切り替えようとするが、

「この好機、見逃さない」

「なッ――ぎゃぁぁあぁああぁッ!?」

 ソルの無防備になった背中に、マリアの抜き手が炸裂した。

 マリアの左手から放たれた青いスパークは、殺傷力と凍結能力を極限まで高めた証。指が埋まるほど背中を貫き、体内を凍りつかせていく。ソルの皮膚は、人間の膂力では傷一つつかないほどに硬質だ。それが、貫かれるなど普通ならばあり得ないこと。石ころに指で穴をあけることがどれ程のことか。

「ぐぎぎぃいぃッ――まだ、まだぁぁぁぁッ」

 ソルは周囲に黒いエネルギーを放つことで、マリアを吹き飛ばす。

 シンとマリアが流動的に動き、僅かな隙を狙い必殺の一撃を叩きこむ。攻防一体の連撃は、戦闘経験豊富なソルにとっても脅威だった。

「痛いじゃないか……ほんと、厄介すぎるよ……」

 前面に火傷、背面に凍傷。二人の脅威を身をもって体感した。だからこそ、全力で回避に徹することにした。幸いにも、ソルにはまだ冷静な思考が出来るほどの余裕がある。

(……焦るな、大丈夫。あんな出力、数分と持つはずがない。逃げは敗北じゃない。目的の達成を優先させる。だから、絶対にその時を待つ!)

 数分後、ソルの思惑通り、シンとマリアはガス欠を起こしていた。

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