第57話

 オレンジの炎による防御壁、炎環。

 その内部で、シンはロザリアにより選択を迫られていた。

 最初に提示されたのは、争いを続ける道だった。

「ッ!? っはぁ、はぁ……なんだよ、あれ……」

 シンはその場にへたり込んだ。涙が滝のように流れ落ち、まともに考え事が出来るまで放心し続けた。

 ようやく正気に戻ったかと思ったら、自らの両手が血に塗れている幻覚を見てしまう。心は、未だあの場所に取り残されているようだ。

『血と屍と狂気が支配する暗闇が続く道。争いが続く道こそ、シンに与えられた選択肢の一つ』

「……ッ! あれが、オレの選択肢……あれが、未来……あれが地獄……」

 あの肌に張り付くような生温い空気と、時折肌を刺すような寒気が、シンは忘れられない。

『血に塗れた道は鉄臭く、転がる屍は氷のように冷たい。周囲の暗黒から向けられる殺気と狂気による不快感の連続。どれだけ進もうが怨嗟の対象となり続ける。シンが体験したそれは、幻覚なれど嘘ではない。力を持つことは、より大きな力を呼び寄せる。いずれ来る破滅を一足先に体感したのです』

 至って冷静にロザリアは言うが、言葉の端端に感情が込められていた。

「……耐えられる訳が……」

 シンは絶望した。この道を進む勇気は、今の彼には無かった。

 “友達がこれ以上傷つくのは見てられない。オレはお前を止める。それが、暴力だって言われる手段でもだ”。騎士団訓練場で、そうライアンに言い放った。シンは、当時を思い返し、自分の浅はかさを後悔している。

(……ライアンは知っていた……この世界で生きていた……)

 ライアンから浴びた言葉と殺気は、先ほど経験した地獄の空気を纏っていた。彼は、あの世界の住人だった。そして、訓練場で浴びせられたマリアの殺気も同様の冷たさだった。

 つまり、二人とも地獄のような争いの道を選んでいた。シンだけが、ぬるま湯の世界に来ていた。

 シンは覚悟を決め、周囲を巻き込まないようにと思っていたが違った。覚悟もない素人が、感情のままに飛び出し、暴れているだけだった。

「……オレは……また、間違ったのか……また、関係ない人を、マリアを巻き込んだのかッ! あぁぁぁああぁぁぁぁぁッ!」

 悔しさをぶつけるように、何度も何度も地面を叩く。鼻水と涙と唾液をまき散らしている。顔はぐしゃぐしゃで、凛々しい青年の見る影もない。

「くそッ! くそッ!! くそぉぉぉッ!!」

 犬歯は唇を喰い破り、涙と一緒に血が流れる。

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