第56話
マリアは大波の軌跡を辿る。大波はアクセサリウスの外れで止まり、巨大な氷山を作り上げていた。
すると、
「今の私の全力では、足止めは三分が限界か……」
マリアは、氷山の中で確かな生命の躍動を感じた。
つまりソルは、
「もうぅぅぅぅぅぅ! うざったいぃぃぃぃ!」
見上げるほどの氷山が粉々に砕け散る。
舞い散る氷は、夜空に輝く星々のように煌めき、その奥には怒りをにじませるソルがいた。
「エルの指輪……君はマリアか。王都騎士団の無能女、噂は聞いてるよ」
「その通り。私は無能さ。唯一の友の心の内を理解できず、それを考える頭もない。――ましてや、彼を救い出す方法も知らない。だが……少ない時間を稼ぐことは出来る」
「力を手に入れて調子に乗ってるのかい?」
「確かめてみろ、異形の執行官」
「――上等ッ!」
マリアは戦う。背中に熱を浴びながら。
マリアは戦う。友達の無事を願いながら。
(……どちらを選んでもいいんだ。戦ってもいい、逃げてもいい。ただ、後悔はしないでくれ……)
マリアの脳裏には、別れ際のシンの泣きそうな表情がこびりついていた。
(……もう、あんな顔は見たくない)
今がシンにとっての選択の時だ。
「僕とシンの戦いに水を差すなぁぁ!」
「貴様はなぜシンにこだわる!? なぜ、最初からここを壊さない!? なぜ、シンに時間を与えるような真似をする!?」
「……何言ってるんだい?」
「貴様はシンに何を期待しているんだ!?」
「……君、うるさい――よッ!」
マリアとソルの攻防は数分続く。
しかし、マリアの健闘空しく、ソルに軍配が上がった。
顔面に拳を受け、大きく吹き飛ばされる。
マリアの顔には打撲により出来た痣と、唇から血が流れている。額から汗が流れ、体力を激しく消耗したことが分かる。
(……あの小さな身体でここまでの膂力か。敵は無傷、対する私は……完敗だな。勝てる見込みは無いに等しい。……だが)
マリアは意識を切り替える。すると、左手の指輪が輝きだす。
「全身全霊で――挑ませてもらう」
「それ、封凍葛(ふうとうかずら)だよね。エルの技、使えるんだ」
「ふっ、まだ父の真似事しかできないさ」
「へぇ……」
ソルは何気なく、右手から黒いエネルギー弾を射出。マリアは、それを地面から伸びる氷の植物の蔓で撃ち落とした。
「上手いじゃないか。でも、封印術としてはまだ未熟。ただの相殺でしかない――ねッ!」
ソルは、またもやエネルギー弾を放つ。その数は数十。先ほどの比ではない。
「――ちぃッ!?」
弾幕を掻い潜りながら、新たに数本の葛を出現させ撃ち落とす。
気のゆるみ一つで命を落としかねない繊細な作業を繰り返すが、敵が追撃を行わない訳がない。
「あくまでも前に進むか。いいじゃないか、ひどく英雄的だよ。それは」
絶えず放たれる弾幕の奥、ソルが腰をかがめ右手を突き出していた。左手は右手に添え、まるで何かを打ち出す衝撃に備えているようだ。
「勇気もある。計算する頭もある。なら、勝算のない戦いだと理解しているだろうに」
「……バカにッ!? ……するなぁッ!」
「マリア。君に選択をさせてあげよう。これから先、君は必要になりそうだ。……引く気はあるかい?」
ソルが打ち出した弾幕は全て消えた。マリアの制服は、元が赤色であったかのように血の色に染まっていた。
今にも意識を手放しそうになりながらも、震える身体を抑えつけ、歯を食いしばり、
「私は王都騎士団マリア・カルメン!! 友の危機を前に逃げ出すなどありはしない!!!」
余りも堂々と、きっぱりと、迷いなく答えたものだから、ソルは思わず笑みをこぼす。
「……正解だと、僕は思うよ」
ソルの右手に黒色のエネルギーが収束する。ソルの喜色に塗れた顔面を照らす極大の黒色の輝きは、どんどん拡大していき、肘まで飲み込むほどになる。
腰を大きくひねり振りかぶる。
そして、
「受けてみなよ――accusation(アキュゼイション)!」
極大のエネルギー弾が放たれた
それは、速度も規模も今までの物とは段違いの必殺の技だ。
(流石に……無理か)
マリアの頭脳は、直ぐに結末を導き出した。
(……私はシンの助けになれただろうか。……シンは、これから真っすぐ歩いていけるだろうか。いや、健やかに生きてくれれば……できるなら、私のことも覚えていて欲しいが、我儘すぎたな)
マリアは穏やかな笑みを浮かべ、結末を受け入れた。
しかし、待ったを掛ける人間がいた。マリアを助けたいと心から願い、戦うことを本心から選んだ男がいたのだ。
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