第55話

 マリアは、シンの全身に走る赤い亀裂に驚愕する。

「これが異能か……凄まじいな。下手に触れるのは避けたほうがいいだろうが……」

 マリアは深呼吸をすると、左手の指輪を右手人差し指で撫でる。

「大丈夫、大丈夫さ。私たちなら――こんな物など」

 左手の指輪が白く輝くと、マリアの左手全体が氷に包まれた。数センチの厚みのある氷が皮膚表面を覆っていた。まるで、氷の手袋をはめているようだ。

「これならば……」

 マリアは片膝をつき、左手でシンの身体に触れた。胸に走る赤いヒビを手でなぞると、掴み取った。まるで、シールのようにあっさりと引きはがす。

 同じようにシンの全身のヒビを掴み取り、粉々に消失させていった。

 シンの呼吸は徐々に安定し、規則正しいリズムを刻みだした。

「これで大丈夫だろう」

「マ、マリア……」

 痛みが引いて間もない身体を無理矢理起こし、シンはたどたどしく言葉を紡ぐ。

「……なんで……オレが勝手に――」

「待て!」

 マリアが、申し訳なさそうに眉を歪ませるシンのデコに人差し指を置いた。

「言いたいことは私にもある。お互い腹の内を明かしたいところだろうが、今は時間がない」

 マリアは、軽くデコピンすると薄く笑い立ち上がる。

「私は、自分の心に従っただけ。シンの心の声に、耳を傾けてもいいと思う」

 マリアは、シンの隣に佇んでいる赤髪の美女に向け、

「……後は」

『はい』

 そう声を掛けると、シンに背中を向け歩いていった。

 マリアを見送ったロザリアは、シンを両腕に抱くと、

『――炎環』

 巨大な火柱周囲に発生し、二人を包み込む。二人の姿が掻き消える直前に、

「後悔はするなよ」

 マリアの笑みは、炎の壁で塗りつぶされた。

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