第54話

「ッ!?」

 シンの左視界が赤く輝いた。

 それは、過ぎ去ったはずのソルが放った光線だ。

「僕の手を離れていても自由自在に操れる。忘れたのかい? 君の炎も同じだろう? 」

 ソルの意志によって、標的を仕留めるために折り返してきたようだ。

「心が伴っていないね。”戦いたくない”。”もう止めたい”って君の声が聞こえてくるよ。それじゃ、力があっても勝てるはずない。欲しい未来は手に入らないんだ」

 シンは全身を投げ出し未だ空中にいる。もうすぐ、地面に背中が付くという時だ。

 ソルが放った罪の力が直撃した。

「なっ……なにも起こって……」

 異常が発生したのは四秒後。

 シンが地面に落下すると、

「あがぁぁぁぁぁぁぁ、あぎゃぁぐぅぅ、ぎぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 シンの全身に、ガラスに入ったヒビのような亀裂が複数走る。赤く輝くそれが体表に刻まれるたびに、傷口に手を突っ込まれたような激痛が発生する。

「イギぁぁぃぃぃぃぃッ……」

 シンは、喉が張り裂けるほどの絶叫を上げる。地面をのたうち回る。黒目はぐるりと上を向く。唾液と鼻水、犬歯に噛みちぎられた唇からは血が流れ出る。

「脚への亀裂は逃避。腕は暴力。胸は心を現す。それぞれ、君自らが後悔している罪なんだ。そうだね、嫌な現実から逃げるために誰かに暴力をふるい、心を傷つけた。心当たりはあるだろう?――って、もう聞こえてないかな」

 シンは藻掻き苦しむだけだ。既に意識はない。

「あがぁあがぁぁあああぁぁぁぁッ!!!」

 宝石となった地面の鋭い隆起は、のたうち回るシンの頬や腕を切り裂いていく。しかし、裂傷による痛みを無視してしまうほどに、全身を蝕む罪の痛みが強烈だった。

 ソルは至って優しく笑みを浮かべ、

「心構えは後で教えるよ。今は、自分の罪に向き合っててよ」

 全身を血で染めるシンを一瞥すると、ソルは鉱山を中心に、アクセサリウスを視界に収める。

「シンの次は君だ」

 ソルの指には、先ほどの赤と黒の輝きが収束する。崩壊を加速させるべく、罪の力を放つつもりのようだ。

「再度、アクセサリウスに問う。Sinの姿を――」

 バキバキと何かが軋む音が聞こえる。アクセサリウスの崩壊音ではない。自らが使う力が弾ける音でもない。

「……これは、ガラスが割れる……いや、宝石化が砕けたのか……」

 ソルは耳を澄ませ異音の正体を探ろうとしていた。

 すると、アクセサリウス崩壊の音がピタリと止んだ。それがまた、ソルを混乱させる。

(……何が起きてる。……この寒気、僕の力が消えた。何が起こっている……)

 ソルは手を止め、アクセサリウスに発生した唯一の懸念事項を払拭すべく行動を起こそうとした。

 その時だ、

「――生まれろ激浪(げきろう)」

 巨大な氷の波が、ソル目掛けて押し寄せてくる。

「ッ!? 封印術だらけじゃん!? ちょっとまって――おぼぉぼぼぼぉぉ」

 ソルは溜まらず退避を選択するが、大波の規模は都市の一部を飲み込むほどであり瞬間移動でもしない限りは回避不能だった。

 抵抗空しく飲み込まれていくソル。波は都市の端に向かって流れていった。

 そして、空から降ってくる長い金髪をなびかせる女性の人影。ソルが感じ取った異常の原因であり、大波を作り出した人物が姿を現した。

「まったく。随分と、無茶をしたものだ」

「……マ、マリア……なん……で……」

「決まっているだろう? 助けに来たのさ」

 痛みに藻掻くシンの隣。

 白い騎士団の制服を翻し、アクセサリウスにマリアが降り立った。 

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