第49話

 十年前のアクセサリウス。

 今と変わらぬ人並み、変わらぬ光景。

 当時、七歳のシンは、大人たちが少女を取り囲み、暴力を振るう現場を目撃した。

「おい、なんでこの子イジメんだよ!」

 子供が持っている正義感そのままに行動し、少女を庇い、両腕に抱く。

「ガキは邪魔だ! あっち行ってろ!」

「なんだと! イジメるのはダメだろう! あやまれよ!」

 あの時のオレはバカだった。

 ”女の子を助けて後で友達に自慢してやろう”。

 ”ヒーローになりたかった”。

 そんな考えで女の子を助けようとしたんだ。

「お前、ウーゴのせがれか。そいつは人間じゃないっつっても分かんねぇか……あぁ、めんどくせぇ」

 角刈りの男は、しゃがみこむとオレの頭を撫でた。その子供をあやすような行動は、オレのことをなめてるんだと直ぐに分かった。

 だから、そいつの手を払いのけて、思いっきり反抗してやろうって決めたんだ。

 女の子を抱きかかえると、

「やめろっ!!!」

「おい、待て!?」

「いやだね!」

 全力で逃げた。アイツらを困らせてやろうって思ったんだ。

「あの……」

「大丈夫! オレ、足はえ〜から! 落ちんなよぉ!」

「……はぃ!」

 しばらく逃げてると、妙な違和感を覚えた。全身がゾワゾワするような変な感じだった。

 後ろを見ても、大人たちは追ってこない。

 昼間のアクセサリウスは騒がしいのに、この時は静かだった。周りに誰もいなかったんだ。

 今、思い返すと不思議なことだらけだったけど、当時のオレはムカつく大人に勝ったと喜んだもんだ。

 しばらくは、泣き止んだ女の子とその場ではしゃいでいた。

 初対面だとは思えないほど意気投合した。

 女の子も始めこそ遠慮していたが、次第に、色んな事を教えてくれた。

 ”アクセサリウスに来た意味”。

 ”家族について”。

 すると、

「これあげます! この子が、アナタのもとに行きたがっています!」

「これ……なに?」

 赤い宝石の指輪をくれたんだ。

「そうですね……私の頼りになる仲間です! きっと、シン君のこと助けてくれます!」

 指輪をくれたあの子が、ゼドだったなんて思わなかった。

 そして、オレの安易な選択が招いた結果も知らなかった。

 子供のオレには、社会が人間同士の繋がりで出来ていることなんて理解できていなかったんだ。

 だから、家に帰ったとき、いきなり母さんに殴られた。

「うぐっ!?」

「――お母さんやめてよ!!!!」

「うるさい! コイツのせいで、うちは破滅だよ!!!」

 田舎社会ってのは、小さなコミュニティーの集まりだ。

 オレが手を振り払った角刈りの男は、アクセサリウスの商店を仕切っている奴と繋がりがあったらしい。

 ゼドを取り囲んでいた奴らは父さんの上司。ご近所さんや、母さんの友達の友達も居たそうだ。そんな狭い繋がりの中で、”お前の息子が化け物を庇った”なんて噂が流れたら、生活に支障が出てしまうだろう。

「アンタのせいでね! お父さんの仕事がなくなるかもしんないんだよ!! アンタを食わすお金も無くなるんだよ!」

 父さん、母さんには、知人を経由してそのことが伝えられたようだった。

 オレが生活できているのも、二人の稼ぎのおかげだ。

「私がお金稼ぐから! 学校もやめるから! やめてよ――死んじゃうよ!!!」

「死んじまったほうがいいんだよ!!」

 だから、骨が折れるほど殴られても文句は言えない。

 恨む資格なんてないんだ。

「シンは間違っていない! 大丈夫、この街が……あの二人がなんと言おうと、私がアナタを守ってあげる! 私だけは、アナタの味方だから!」

 姉ちゃんがそう言ってくれたのをオレは覚えてる。月明かりだけの暗い部屋でオレ以上にぐちゃぐちゃに泣いていたのを、オレは覚えてる。

「ごめんなさい……ねえちゃん……ごめん、なさい」

「あやまらない!!! あやまらないで!!!! 大丈夫、大丈夫だから!!!」

 オレは必ず間違ったほうを選ぶんだと思う。だから、周りに流されることにした。何も選ばないって決めたんだ。そうしないと、姉ちゃんが無茶しちまうから。ムリした笑顔をしないようにって、そう思っていた。

「またあの子よ……気色わるい……」

「異形を庇ったって……」

 オレは、何を言われても構わなかった。ただ、耐えるだけでよかった。

 なのに、またオレは間違った。

 ソルを助けてしまった。そして、アクセサリウスは宝石化した。

(ソルが、アクセサリウスを崩壊させる……)

 全ては、オレの責任なんだ。

「だから――オレが全部終わらせるんだ」

 シンは自らに、そう言い聞かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る