第47話

 シンは、バイクを降りヘルメットを外す。一言、二言で済むことがないと直感したのだろう。

「そこ、どいてくれ」

 シンの表情は、色が抜け落ちたように無機質だった。感情的なのは声だけだ。

「すまないな。そんな顔されては、通せるはずもない」

「なら――」

 すると、マリアの顔をかすめるように火球が通過した。

 シンが伸ばす右手から放たれたものだ。

「っ!? なんだと……」

 マリアの背後にあった氷の柱が全て消失した。

 圧倒的速度、圧倒的火力。シンは、マリアの数段も先のステージにいる。

「オレは甘さを捨てることにした。この場所も出る」

「そんなこと――はやいッ!?」

 シンはマリアの眼前に急接近すると拳を繰り出す。彼女の意識を刈り取る目的のようだ。

 寸でのところで、上半身を傾け拳を避ける。髪を穿つ拳圧は、シンの覚悟の現れだった。

「ちぃッ!? ならば私も応戦するまでだ!」

 シンとマリアの攻防が始まる。

 攻撃で隙を作り、生まれた隙を突く攻撃をする。絶え間ない連撃を双方が繰り出し続ける。

 しかし、均衡はあっという間に崩れた。

 マリアが押され始めた。

 問題になったのは、筋力の差だった。

 シンの一撃を防ぐものの、マリアは衝撃までは殺せない。逆に、マリアの攻撃はシンが完璧にいなしている。

 マリアのじり貧だった。

 ここで、マリアが持つ戦闘経験が活かされた。

「なっ!?」

「甘いぞ!」

 マリアは針の穴を縫うように、僅かな有利を積み上げていく。単調な攻撃は防ぎ、受け流し、投げ飛ばす。

 いくら筋力があろうとも、シンは圧倒的なまでに戦闘の初心者だった。

 気が付いてみれば、シンのほうが生傷が多くなっている。

「無駄なことはやめろ。殺意のない攻撃など何度やっても――」

「――ここで全部の繋がりを切る。そうしないと、ダメなんだぁぁぁよぉぉぉ」

 シンが指輪の力を解放した。

 放たれた炎は、業火の聖鳥へと形を変えた。

「――フェニックスか」

 マリアは、表情を歪ませる。

 伝説の聖獣が敵となり、マリアを天高くから見下ろしている。

 外気が温まり、肌に汗が浮かんできた。マリアは、荒い呼吸を落ち着かせながら思考を回す。

(シンは脅されている。心の優しさに漬け込んだ輩が――そうか、あいつか!?)

  マリアは、路地裏でシンと会話していたオクタビアの姿を思い浮かべた。

「脅されているのか!? ヤツに何を言われたんだ!?」

「……違う。オレの意思だ」

「そんな訳あるか!?」

パタリと言葉が途切れた。

 どちらかが動き出すと、致命傷を生む。そんな錯覚を起こさせるほど、この場には緊張感が張り詰めている。

「――マリア、構えてくれ」

 耐えきれなくなり、先に動いたのはシンだった。

(やはり動いたか。シンは経験がまだ足りない)

 マリアの予想通り、炎を纏いながら全力の突進。攻撃手段に乏しいシンにとっては、それくらいしか出来ることがないのだ。

 だからこそ、マリアは最善手を打つ。

(前面に注意をそらして、その隙に――)

(後方のフェニックスによる奇襲か……浅はかだ)

 マリアは、後方から迫るもう一人の敵、フェニックスに気が付いていた。

「ならば、脅威は排除するまでだ!」

 片手を振ると、背後に氷柱を射出。不意を突きフェニックスの両翼を貫き消失してしまった。

「まずいっ!?」

 咄嗟に動くことができなくなったシンは全身を一瞬だけ硬直させてしまった。

「そのざまで何を成すという! 焦りは隙を生み、命を危険に晒すんだ!」

 マリアは、その隙を容赦なく狙う。

 右手に氷を纏わせ身体をひねる。腰を落として拳を引く。

 彼女の頬を伝う一滴。

「――これで」

 マリアの形のいい眉は歪み、涙が流れる。戦いのさなかに浮かべる表情ではないだろう。

「――終わりだぁぁぁぁぁ」

 迷いを振り切る様にマリアは、シンの腹部に拳を叩きこんだ。

 ――そう思っていた。

「マリアは正直だな」

「なんだと――ッ!?」

 マリアの拳は空を切る。先ほどまでシンだと認識していた物は、炎となって消えていった。炎をシンの形に押し込めた分身だったのだ。

「……じゃあな」

 マリアのすぐ横、左側からシンの声がした。

「っ!?」

 気が付いた時にはもう遅い。

 シンの指輪から放たれた炎の槍が、マリアのこめかみを貫いた。 

 彼女の身体は、ゆっくりと地面に沈む。辛うじて繋ぎとめていた意識も、じきに失うだろう。

「マリアは戦うべきじゃない」

「ま……まって……」

 マリアが最後に見たのは、バイクのテールランプが放つ赤い軌跡だった。

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