第43話

 王都の夜は静寂そのものだ。

「キングオブエターニア。……ここに王様が眠ってるのか」

 王都北部にあるノルティシア寺院地下墓所にシンは居た。教会の地下最奥、ひっそりと鎮座するこの黒い墓石が目的だ。

「王様の墓。そんでもって、この両脇のが初代騎士団員のだな」

 王を守る様に左右に四つずつ鎮座する墓石には、名前が刻まれている。

「イザベル。ロザリア。カタリナ。オクタビア。ナディア。イスベル。ウルスラ。マヌエラ」

 シンは、いくつかの名前に覚えがあった。例えばオクタビアだ。アクセサリウスを襲撃し、王都でも遭遇した片翼の妖女の名が刻まれていた。

 そして、

『墓荒らしですか? 感心しませんよ?』

 ロザリア。その名も同様に、思い当たる人物がいた。

「違うって。確かめなきゃ行けないことがあるから来たんだよ。……そりゃ、忍び込んだことは謝るけどなぁ?」

『不法侵入までして、何を確かめたいのですか?』

 シンは、片手に持っているゼドの物語の原本の写本に視線を落とす。

「王都の成り立ち。そして、ゼドと王様と初代騎士団について知りたかったんだよ。図書館行っても資料はないし、エマちゃんも教えたくなさそうだし。騎士団メンバーの名前すら残ってないっておかしいだろう?」 

『だから、この場所に?』

「あぁ。王様の墓の隣に眠ってんじゃないかって思ってな。思いつきだったけど正解だった」

 シンは、自分の考えが正しかったことに喜んでいたが、フェニックスは対照的に悲しそうな目をしていた。

『……用事が済んだのなら帰りましょう。今日のことは目をつむっておきます』

 フェニックスが、シンの退室を促す。

「なぁ、ちょっとだけ話しないか?」

『ダメです』

「ちょっとだけでも?」

『それは賢明な判断ではありません。いずれ、異常を検知した人間が来てしまいます』

 どうにも、この場には長居して欲しくないようだ。

「オレさ、アンタと一つになったとき、頭の中に無理矢理知識を――」

『シン。引きずってでも外にでも連れていきますよ』

 フェニックスが声を荒げる。両翼を広げ、脚爪を広げた。シンを掴み、強制的に退室させるつもりのようだ。

 しかし、シンが放つ言葉によって動きを止められた。

「話しようぜ――ロザリア先輩」

 ロザリア。フェニックスが座る墓石に刻まれた名前。初代騎士団のメンバーであり、既に死んだ過去の偉人だ。

『……はぁ。いいでしょう。話してみてください』

「っへへ、ありがとな」

 シンは、よっこいしょとその場に座り込み、数日間の調査結果を語りだす。

「ゼドと王様はこの場所に王都の前進になる集団を作った。それは、人間社会から孤立した特異な身体的特徴を持つ子供たちを保護するため。なんで、そんな子たちがいるのか分からない。けど、確かに二人の指導者によって、それはまとめ上げられた」

 フェニックスは佇むだけ。言葉を挟む気はないようだ。

「子供たちはやがて大人になり、特異な力を発現した。すると、少数精鋭の超人集団が完成した。そして、都(みやこ)が出来た。栄華を極めた王都は、ナニカと戦い敗れて滅んでいった。先陣切って戦ったのが、当時八人だった王都騎士団。……どうだ?」

『……おおよそは合っています。訂正するとしたら、当時の騎士団には九人いました。私たち八人とゼド。その全員の頭文字を取りzirconium(ジルコニウム)。そう名乗っていました』

 フェニックスは、王の名が刻まれた墓石に移動する。

『当時の私たちは常勝無敗。あの二人の為ならと戦いに明け暮れました。しかし、天を割り現れた正体不明の存在によって敗北した。私たちが宝石になったのは、それが原因です。良く分かりましたね。当時の資料がない状態で』

「……アクセサリウスを包んだあの宝石と、この指輪の冷たさが同じなんだ。炭鉱で働いてたから、何となく分かった。少ない資料だけど、イコン画だったりは残ってた。無理矢理繋いで、ゼドの話に当てはめただけだ。アンタの記憶があったから、与太話がそれらしくなっただけだ」

 シンは、ロザリアの墓の前に移動する。

「アクセサリウスを宝石に変えた犯人って、アンタらをやった奴と同じか?」

『はい。恐らくは……』

「そっかぁ……そっかぁ。ってことは――複雑だなぁ」

 シンが考えていたよりも根が深い問題のようだ。緊張を解き、その場に寝転んでしまった。

「……なぁ。なんて呼んだらいいんだ? 先輩は相当年上だろ? 敬うべきか?」

『ふふっ、シンは私の記憶も覗いたのですよね?』

「う~ん……ちょっとだけだな」

『ならばこそ、最後の選択のためにも私たちについてお伝えします。呼び方についてはその後に……』

 フェニックスは、己たちについて語りだす。

『私たち紋章(クレスト)は意思を持つ武器です。私が持つ力を扱える者を契約者とします。私の場合はシンですね』

 シンは右手を掲げ、赤い宝石を改めて眺めている。

『他のアクセサリーのように決められた現象を起こすのではなく、契約者の意図した形で現象を発現します』

「ライアンの大鎌は、アイツとキマイラの備える力が一致した姿ってことか?」

『はい。キマイラが備える力と、ライアンの本質が形となった物です』

「……ってことは、オレも武器使わなきゃダメ?」

 シンは、ライアンが持つ巨大な大鎌を思い浮かべた。

『今ここが、シンにとっての分水嶺です。取れる選択肢は二つだけ。力を手放すか、突き進むか。手放すならいざ知らず、進むとなれば今以上に周囲を気にかけ、あらゆる困難に立ち向かう必要があります。その結果、武器をとる可能性もあるでしょう』

 このまま進めば、シンが現在抱えている悩みは一生付きまとうことになる。

(戦い続けるか。……それって、辛いだろうなぁ……)

 戦うことによるストレスは相当であり、シンは耐えられそうにないと理解している。

 シンは、これから起こる出来事をぼんやりと考えていると、彼女の気遣いが隠れていることに気がついた。

「……アンタは、力を手放して欲しいのか? なんか、そんな気がするんだけど?」

『シンは世にも珍しい心清き人。優しさと臆病さを持つならば戦いなどに向かう必要はない。少なくとも、私はそう思って”いました”』

「思っていた? 今は違うのか?」

『知ろうとしているのなら、その選択はシンがすべきだと思っています。情報が不足している中で選択を迫るのは酷というもの』

「なるほど。やっぱ先輩は優しいな~」

 シンは体を起こすと、改めてフェニックスの瞳を真っすぐ見つめる。

「名前を呼ぶってことが、突き進むって選択肢を取ることになるんだな?」

『はい。私たちには枷が付けられています。ライアンとの一件で渡したのは力の半分。全てを渡すには言葉を使い、世界に宣言する必要があるのです』

「世界に宣言か。大仰だけど、過去の先輩たちの戦いぶりを見たら……そうでもないか」

 シンは、初代騎士団の戦闘風景を知っている。空を燃やし、絶えず稲妻を落とし、どこからともなく大波を起こす。彼女たちは自然災害そのものを操り戦っていた。ならば、しっかりと通達しなければ、先に世界が滅んでしまうだろう。

『まぁ、私としては、名を呼ぶ機会は無い方がいいと思っていますがね?』

「そっか、そっか。もしかしたら、ご期待に添えないかもしれないな?」

『近い将来、その選択を迫られるでしょう。申し訳ありませんが、覚悟をお願いします』

 フェニックスは羽ばたき、シンの隣に着地する。すると、火の粉をまき散らしながらその姿を変えていく。

 燃えるような紅蓮の髪。胸から腰にかけての美しい曲線。身体の線が出るワンピースのような赤い衣装を身にまとっている。スリットから覗く白い足が彼女が幽霊ではないことを証明している。

「願わくば、アナタはそこに眠る愚か者と同じ末路を辿りませんよう。切に願っております」

 突如出現した女性は膝をつき、シンに首を垂れる。

「……また会おうぜ、先輩」

 彼女の名は、ロザリア・フェニックス。

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