第41話
「昼飯はなにを~っと」
シンは、昼休みをエンジョイしていた。通り沿いを歩き、香ってくるおいしそうな匂いに夢中になっている。
すると、全身を貫く鋭い視線を感じた。まるでライアンとの戦いの中で感じた冷たいものだ。
「っ!?」
何事かと周囲を見渡す。端末を操作している成人男性が二人。買い物中の女性が一人。じゃれ合っている子供が三人。
(こんな視線を送るような人はいない……じゃあどこに)
シンは辺りを注意深く見回す。
すると、買い物中の女性がシンに微笑みながら路地裏へと消えていった。彼女が浮かべた笑みは、つい最近見た覚えがあった。
「ちょ、ちょっと!?」
日陰の中に飛び込むと、そこには何もない路地が広がっている。そして、向こうの通りを背負うように女性が待っていた。
「やっと気が付いてくれたわ」
「あのぉ? どこかであったことあったりします?」
「あら? やっぱりソルの方がよかったかしら?」
「ソル……ソル……そうだっ!? アンタ――オクタビアか!?」
シンは、指輪から炎を放射する。目的は、彼女の周囲に張られているであろう、不可視の膜を焼き焦がすこと。
「あらあら……もう、そんなこと覚えてのね」
シンがフェニックスから聞いていた通り、彼女の周囲にはシャボン玉のような透明な膜が張られていた。
燃やされる膜の中から現れたのは、アクセサリウスでソルと一緒にいた片翼を持つ異形の女性オクタビアだ。
「生まれたての雛鳥が、あっという間に両翼を羽ばたかせている。私は片方しかないから羨ましいわ」
オクタビアは、シンをからかうように右肩甲骨から生える翼をバサバサと鳴らしている。
「んで、今日は何の用だ?」
「見て分からないの? ほら、今日はおしゃれしてるのよ?」
彼女は黒いドレスを着ており、肩や背中が空き、白く透き通る肌が露出している。それは酷く煽情的で、男性ならば彼女が持つ妖艶な魅力により心を奪われてしまいそうだ。
「……パーティーに行くとか?」
「うふふ、正解。これから楽しい宴をするのだけれど、その前にアナタに会っておきたかったのよ」
シンはぎこちなく拳を構える。
「そんな変装までして……」
「あら? まだ気が付いていないの?」
「何をだよ?」
「あっはははははっははは、うふふふふ。本当、これってイカサマよね」
不機嫌そうなシンの声が、オクタビアの鈴の音のような笑い声で掻き消きえた。
すると、オクタビアの周囲にまたもや、シャボン玉のような膜が出現した。
「燃やしても再生するのかよ……」
「まぁ、無限という訳ではないわ。でも――」
膜は周囲の風景に溶け込み消えた。
彼女の纏っていた膜はスクリーンの役割を果たしている。投影された映像を着こむようにして別人になれるのだ。
その証拠に、オクタビアは次々と姿を変えていく。白い長髪の女性。褐色の肌を持つ筋骨隆々の男性。そして、アクセサリウスでソルを虐めていた群衆の一人。演説をしていた王都のトップ。泥棒被害にあった女性もいた。
「……待てよ。それは変装して……いや、そんな訳が……」
元の姿に戻ったオクタビアは、シンの焦りを理解しているのか、挑発するように笑う。
「あら、そんなにいきり立たないで。私は戦いに来たのではないのよ?」
「それじゃ、なんで来たんだよ!」
「うふふ、本当に可愛いわね。目的はね? シン君を仲間に誘いに来たの」
「は? 仲間?」
シンは、聞き間違いかと疑う。
「そう。アクセサリウスでは、ソルのお気に入りってことで手元に欲しかったのだけれど、今は事情が変わった。――アナタは、それに目覚めてしまった」
オクタビアは、シンの指輪に視線を送る。
「それは、私たちとしても見過ごすことはできない強大な力。現に、キマイラのライアンに仲間たちが襲われてるし、もう一人は巨大な兵隊を作っている。そんな最中、アナタが目覚めた。どんな影響が出るのか分かったものではないのよ」
「……邪魔なら殺そうとは考えねぇのかよ」
「勿論、その選択肢は残されているわ。だけれど、それは下の下策。まだ最上策を捨てる時ではないもの」
「だからって――」
シンは、指輪から炎を噴出させオクタビアの背後を炎の壁で塞ぐ。彼女の退路を断ったその選択は、戦いになることを予見してのことだ。
「仲間になる筈ねぇだろ! オレの街をあんなことにしやがって!」
シンの感情の高ぶりに合わせ、周囲の炎が轟轟と揺らめく。
「まぁ怖い。でもいいの? アナタにとっては悪い話じゃないでしょ?」
「何言ってんだよ!」
「それはこっちのセリフよ。アナタには、あの場所を元に戻す理由はないでしょう?」
「っ!?」
炎の壁が大きく揺れる。
「アナタにとってあの場所は忌むべき鳥かご。唯一の味方はお姉さんのみ」
「違う!?」
「両親からは虐待され、周囲の人間からは悪評を流され、安心できる場所は自室のみ。これって、最悪の環境じゃない?」
「違う!」
シンが持つ自己犠牲と自責癖の原因をオクタビアは理解していた。
逃避してきた事実を突きつけられ、シンは否定の言葉を叫ぶしか出来ずにいた。
(シン……そんな……)
二人の会話を聞いていたマリアは、知らなかった事実に驚愕していた。
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