第38話

「そんじゃ、先に帰りますわ〜。ちょっと調べ物もしたいんで~」

「シン。晩御飯はどうするんだ? よかったら――」

「わ、わりぃ! ちょっと急いでっから! ごめんな、ごめん!」

 シンは慌てて本部を飛び出して行く。マリアの右は虚空を彷徨い続けていた。

 その様子を観ていたダミアンとエマは、コソコソと内緒話を始めた。

「どうしたんだあの二人? 別れたのか? シン君が気まずそうなのは初めてみたぞ」

「いや〜、そんな関係ではないだろうが。シンちゃんがねぇ……こりゃ、雲行きが怪しいな」

「シン君が何やってるのか知っているのか?」

「まぁな。……危ないことはしてねぇよ。図書館に通い詰めて、ゼドのことを調べてるんだってよ」

「ほぉ。ライアンと同じく覚醒しているのなら、宝石に宿る者と会話をしているか。それが発端なのか?」

「オレはそっち関連は知らねえがな。シンちゃんには助けて貰ってるから、なるべく自由にして欲しいんもんだ」

「そうだな。私たちに止める権利はない。調査の先に何を見るかは、シン君次第だ」

「うっし! シンちゃんの尻ぬぐいをするのも、上司の務めだな!」

 ダミアンは膝を叩いて立ち上がる。エマはこの結末を想像できたのか、茶菓子を食べながら観戦することにした。

「おい、マリア! どうしたどうした!」

 上機嫌なダミアンが、マリアの肩を軽く叩く。

「愛しのシンちゃんに振られて意気消沈ってか? 大丈夫だって! アイツは女遊びしねぇから! 今は、やりたいことしか見えてねぇんだよ」

 能面のような感情を感じさせないマリアの表情。ダミアンの周囲に放たれていたオレンジ色の陽気なオーラが一気に掻き消されてしまった。

「ボス。意気消沈なんて言葉、知ってたんですね。驚きです」

 シンとの会話では一切聞いたことがない、ダウナーな声だった。

「声低っ!? てか、オレを舐め腐ってやがるな」

「それで? 私は別に落ち込んでなどいませんが? 別に? シンがどこで何をして、どんな女と一緒に居ようとも私はただの友人。口をはさむ権限はありません。それの何が悪いんですか?」

「えっ……いやぁ? なにも悪くないと思うぜ?」

「流石ボス。話が分かる」

 マリアは異常なほどに優しい笑顔を浮かべた。

「へ?」

「では、シンが何をしているのか教えてくれますよね?」

「え?」

「知っているんでしょう? シンが焦って何をしに行っているのか? さっき、エマさんと話していましたから」

「いやぁ……そりゃ、ちょっとなぁ? 男と男の約束だしぃ?」

「……まぁ、いいです。シンにとってそれが最善ならば私はそれを受け入れます。私も調べ物があるので失礼します」

 マリアは、帽子を深くかぶると早足で本部を後にした。隠れた目元には、寂しそうな影が差していた。


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