第36話

 会議室を後にしたシンは、ダミアンからバイクを受け取っていた。

「うひょぉぉ~、デル・シエロの中型だ! しかも、ミラーいいの付いてるじゃん! シートも革だし! 結構弄ってあんだな!」

 快晴の青空、太陽の光りを浴びる黒色のバイクには、シンの不可思議な踊りが反射していた。

「オレがまだ前線張ってた時は、これを使ってたんだよ。とりあえず整備はしていたが、念のため知り合いの整備士に預けっか。そしたら、これやるよ」

「いえ〜い! ダミちゃん最高!!」

 喜び跳ね回るシンとは対照的に、ダミアンは表情が暗かった。

「シンちゃん。本当にこれくらいでいいのか? オレは、なんだってやる気だぜ? 友達が傷つくのを見逃すなんて、最低の行為をしちまったからな」

 すると、シンは首を横に振り否定する。

「”可愛い子には旅をさせよ”って奴だろ。オレらの成長のためにやってくれたことは本当だろうし、頭も下げてくれた。そしてかっこいいバイクもくれた。これ以上、オレはいらないよ」

「だがよ……」

 しかし、ダミアンの表情は晴れない。対価としては足りないと思っているようだ。

 それを察したシンは何かを思いついたようだ。

「あ、それじゃ一個だけお願いいいか?」

「おう、なんでもこい」

「そんじゃさ。――の時、何も言わずに――してくれねぇか?」

「……何考えてんだ?」

「ほらほら、訳を聞かずに頼むよ。そんくらいなら、安いもんだろ?」

「そりゃ、オレとしては……」

「頼むよ。ダミちゃん、友達が泣くところ……もう見たくねぇんだ」

「シンちゃん……分かった。その時は、言う通りにするよ」

 シンの笑顔の奥にある相当に強い覚悟を感じ取ったダミアンは、断ることができなかった。


 シンがバイクを前に浮かれている最中、会議室ではマリアが今後のことを話し合っていた。

「お願いします! 私を鍛えていただけないでしょうか!」

 先ほどとは打って変わって、マリアが地面に這いつくばり頭を下げていた。

「……ライアンの影響か?」

「はい。奴に勝てるなどと思っていません。ですが、姿を捉えることすら出来なかった」

 マリアに頭を上げさせるエマ。同じく床に座りながら、軽い口調で問いかける。

「アイツは、現人類でも五本の指に入る化け物だ。といっても、ムリかい?」

「…………はい」

「そうか」

 マリアは、黒くどんよりとした願望を抱いている。エマは、その本質とこれから起こるであろう未来を一瞬で見抜いていた。

(マリアは、自分に失望してしまったのか――シン君の存在によって)

 最初こそ、シンという存在によってマリアに日常の平穏を与えようとしていた。しかし、ライアンという現象によってそれは崩れ、力関係も逆転した。

(マリアは誰かに頼られることで父の背を追っていた。しかし、今はシン君を頼る側になった。彼に若干の依存をしていたマリアは、シンにとっての掛け替えのない”ナニカ”になりたいのだろう)

 エマは王都騎士団に長らく身を置いている。そのため、マリアのように力を求める人間を多く見てきた。そしてその末路もだ。

(出した答えが――力か。それは危うい……マリア、その道の先は破滅しかないぞ)

 他者を頼ることがなかったマリアが、恥を忍んで頭を下げている。それは彼女自身が変わろうとしている証拠でもある。

(……ここで断るのが最善だろう。だが、マリアの心が壊れるかもしれない。支えるものがないのなら……)

 彼女の親代わりを自負するエマは、危険な道を知りつつもマリアの精神の安定を優先した。

「分かった」

「っ!? ホントですか!?」

「といっても、知っての通り私は知識しかない。だから、私の知っている技を全て伝えようと思う」

「ありがとうござい――」

「しかし! マリアよ……心するんだ。これから化け物と戦う術を学んでもらうが……貴様も化け物になるんじゃないぞ?」

 エマの迫力は、焦り視野が狭まっているマリアでさえ無視出来ぬほどの物であり、生唾を飲み、一歩後ずさるほどだった。

「正倉院に向かうぞ。エルの遺産を渡そうと思う」

「っ!? 父のですか!?」

 二人は王都南部にある正倉院へと向かった。

 正倉院とは、歴史的価値のある物を後世に伝える役割を担う施設の名称だ。一般人に公開されており子供の教育にも使われる。

 二人は、正倉院の職員入り口を進んでいく。

「ここは……」

「関係者の中でも一握りの人間しか入れない。むやみやたらと触られる訳にはいかないからな」

 地下へと続く石階段。コツコツと音が響く。

(なんだ……この寒気は……)

 マリアの感じた寒気は空調によるものではない。二人の目の前に現れた木製のドアの奥から放たれたナニカが、寒気の正体のようだ。

「行くぞ。決して飲まれるなよ」

「……はい」

 生唾を飲みこみ、マリアは浮かれ気味の意識を切り替える。

 重苦しいドアの奥には、石造りの部屋が広がっていた。その壁には木製のケースがずらりと並べられていた。

 一歩進むたびに、周囲からの視線が突き刺さる。まるで、ケースの中にあるアクセサリーたちがマリアを品定めしているようだ。

「エマさん、ここは一体……」

「これは、先人たちが残した物さ。中には、使用者を乗っ取ろうとしている呪いのアイテムもあるから気をつけろよ」

 銀(シルバー)は勿論、宝石(ジュエル)アクセサリーの数がやたらと多い。いずれも深い傷が刻まれており、戦いの歴史を物語っていた。

 そして、エマは部屋の最奥で立ち止まった。

「これだ。マリアの父、英雄エルが使用していたアクセサリーだ」

「残っていたのですね……父の指輪」

 流線型の模様が刻まれた銀色のリング。その楕円の頂点に鎮座する白く濁る宝石。宝石(ジュエル)に分類される指輪だ。

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