第35話

 串焼き屋兼騎士団本部の会議室。窓から差し込む陽光が、どんよりと暗い表情を浮かべる大人たちを照らしていた。

 乱雑に片づけられた椅子と机。さっぱりとした会議室の中心で、ダミアンとエマが正座をしていた。

 彼らを鬼のような形相で見下ろすマリアが、重苦しい口を開く。

「それで? もう一度、いってみろ?」

 テーブルの向こうに座るマリアは、圧倒的な怒りに支配されていた。瞳孔が開きそうな瞳は充血で赤く染まり、歯が折れそうなほど歯ぎしりをしている。形のいい眉は怒りでうねり、今にも二人につかみかかりそうだ。

「えぇっと……あのよぉ?」

「ふんっ!」

 ――バシンッ!

 丸めた用紙でダミアンの頭を勢い良く叩く。

「質問の答え以外は、求めていない」

「ごめん……なさい……」

 ぐるりと上に回るダミアンの黒目。マリアの冷たい声を最後に、意識を手放した。

「ひぃぃぃぃっ!?」

 音を立てて床に沈むダミアン。次のターゲットを自覚しているエマは悲鳴を上げた。飛び上がるほど驚くが、正座を崩さなかった。それは正解だ。そうしなければ、今頃床に沈んでいた。

「あの……ご――」

 恐怖心を必死に押し殺しながら、エマは口を開く。両目に涙をため、ゆっくりと言葉を発する。

「ごぉ?」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」

 エマビンタで起こされたダミアンも同じく、泣きながら謝り倒す。

「許してくれよぉぉぉぉぉ!」

 状況を把握しエマと一緒に頭を下げる。

「謝れば済むと思っているのですか?」

「い、いやぁ……」

「そ、それはそうだが……」

 ――バシンッ!

「ごめんって……」

 ――バシバシッ!

「す、すまなかった! 本当にな?」

 ――バババババババッ!

「ひぃぃぃぃぃぃ!? 許してくれよぉぉぉぉぉ!」

「それは紙だろう!? 怖い、怖い! マリア怖い!」

 マリアが振り下ろす用紙のリズムは、二人にとっては死神の足音だ。

 ダミアンとエマは、互いに抱きつき部屋の隅で縮こまっている。悪い大人たちはハムスターのように瞳を潤ませていた。

「あ、あのよぉ? もういいんじゃ――」

「シンは黙ってろ!」

「うっす」

 巻き込まれないように、黒板に同化していたシン。余りの惨状に助け船を出そうとするが無意味だった。

「ボス、エマさん。アナタたちは、ライアンが暴れていることを察知していた。いや、暴れることすら予測していた。そうですね?」

 ハムスター二人は、涙を浮かべ大きく頷く。

「その理由は、私たちの成長のためだと?」

 ハムスターたちは、頭を激しく上下に動かす。

「ふぅ……どうしてくれようか……」

 マリアはイスを引っ張り出し座る。手元の用紙をバシバシと音を鳴らし弄んでいる。不機嫌そうに口をゆがませており、納得いっていないことは明らかだ。

「シン。君はどうする? 私はもう慣れてしまったが、この大人たちは方法問わず目的を達成しようとする悪癖がある。不快に思うのなら、それなりの方法を取るべきだ。片手、両足、その他諸々の怪我と精神的負荷。――”成長のため”。そんな言葉で終わらせるレベルではないだろう」

「う~む……」

 シンは腕を組んで考え込む。

 この間十数秒。マリアの冷たい視線と部屋の隅のハムスター二人の慈悲を求める視線を浴び続けた。

 そして、結論を出す。

「ダミちゃん、エマちゃん。オレさ――バイク欲しいな!」

「バ、バイク? あの?」

 ダミアンの声に続き、エマがアクセルを吹かす仕草をする。

「そそそ! やっぱさ、移動に便利じゃん? 出来れば、そこそこ走れるのがいいな」

 ハムスターから戻った二人は、顔を見合わせる。

「そういや、オレが前に使ってた奴があったな」

「マジ!? 使ってないならそれ欲しい!」

「んじゃ、ちょいと見に行くか」

「オレも行く!!」

 男たちは意気揚々と部屋を後にした。あっけに取られた女子二人は、会議室に残された。

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