至上の魔法使いゼド

第32話

「オレはそれを望まない。だからそんな物はない。それはオレの本質じゃないんだと思う。この力は、誰かを守るために使いたいから」

「そうか――」

　ライアンの大鎌が紫色に変色していく。それは周囲の空気を焦がすスパークとなり、バチバチと音を立てる。　

「なら、ご自慢の守りで防いでみなぁぁぁぁぁ」

　大鎌が切り上げられた。刃の軌跡を形どる様に、紫のスパークが放たれる。それは、天地を結ぶように走る稲妻。大地に落ちてもなお走り続ける、闘争のために生きるライアンを象徴する攻撃だ。

「大丈夫、オレたちなら――守れる」

　自分に言い聞かせるようにそう呟くと、シンの背中からフェニックスの両翼が出現した。

何枚もの紅蓮の羽で覆われた両翼が折りたたまれ、シンの姿を隠し、盾となる。

　稲妻の大鎌がライアンを象徴するのなら、自在に姿を変える炎の守りがシンの象徴だろう。

　両者睨み合う。どちらかが動けば、もう片方も迎撃に動く。我慢比べを先に降りたのはライアンだ。

「――っひひ」

　ライアンの姿が掻き消えた。

　次の瞬間、シンの後方の空間に紫電が走る。

「なっ!?」

　紫色の稲妻が消えたと思ったら、大鎌を横に構えたライアンがいた。身体全体を地面すれすれに屈めている。獲物に食らいつく直前の獣のようだ。

「ふっ」

　シンの後方に高速移動したライアンは、鋭く息を吐くと同時に大鎌を振るった。

　当然ながらシンは、その刃を防ごうと動く。

　それこそが、彼の作戦だ。

　ライアンの刃は不可視。そして、複数の刃を生成可能。相手を威圧する大鎌も、奥の手の為の布石でしかない。

「がぁっ!?」

　後方に注意を向けていたシン。その無防備な胸を切り開くように、大鎌による斬撃が走る。

　想定外の方向からの一撃。

『不可視の刃は、変幻自在の凶器です。数も一つとは限らない。キマイラは嘘つき、その持ち主もまた嘘つきなのでしょう』。

「なるほどな……っしゃぁ!」

　全身を強引に回転させ、後方のライアンへ回し蹴りを行うが空を切った。

　そして、シンの目の前に、またもや紫電と共にライアンが出現した。

「その雷が走る場所にしか、アンタは移動できないようだな」　

「ひっひっひ。良くわかったな――だからと言って付いてこれねぇ」

　シンの右側に、紫電が走る。

　姿を消したライアンにとって、この戦闘全てが遊びであり、手の平の上での出来事だ。

(そうだ。なまじ、稲妻に反応できるからこそお前は――反射で動く)

　シンが、紫電後のライアンの出現に備え、右腕全体を業火に変えた。そのまま拳を構えている。

(ほぉ、腕を変えるか。武器はねぇが、あいつ自身がそれに類するか――だとしても)

「馬鹿正直だな」

　シンが警戒していた右側ではなく、反対側にライアンが出現した。

　紫電はブラフ、大鎌の形もブラフ。一撃で勝負が決する勝負だからこそ、ライアンはこうして相手をだまし、隙を作る戦いをしていた。

「死ねやぁぁぁぁ!!」

「――まだ、死ねねぇよ」

「なにっ!?」

　ライアンが振り下ろした大鎌の動きが止まった。押しても引いても、動かなくなる。

　その原因は、シンの背中から出現した炎の塊だ。それは、翼を折りたたんだフェニックスだ。

「読まれてたか。だが――ぐぅっ!?」

　ライアンの背後から肩を貫く炎柱。彼の背後にいた新たなフェニックスが、長い飾り羽を伸ばし貫いたようだ。

「二体目だと……ちぃ!?」

　ライアンは退避を選択、シンを視界から外さぬように大きく距離を取る。

　額に浮かぶ汗、焼かれた右肩。荒い息は、ライアンにとっては屈辱以外の何物でもない。

「はぁ、はぁ……なぜ分かった。お前、みてぇな奴は直感でしか動けねぇ筈だろ……」

「ライアン。アンタは嘘つきなんだってな? フェニックスに聞いたんだ」

「聞いた? そんな暇は与えて……それがお前の力の正体か? お前、フェニックスを身体にそのまま入れたのか」

「まだ借り物だけどな」

　業火となったシンの腕から、炎に包まれたフェニックスが出現した。彼の腕の上で、その存在を魅せつけている。それだけでなく、シンが放つ周囲の火の粉の全てがフェニックスに変化していた。　

「……まだ頼っているが、それでも今のアンタの攻撃は防げると思う。だから――」

「――っへ。博愛主義も考え物だな」

　これ以上の戦闘はお互いにとって不毛だと判断したライアンは、構えを解き大鎌を消し去った。