第29話

 訓練場の喧騒は、一般人たちには届いていないだろうが、直ぐそばの騎士団本部には勿論届いていた。

 会議室にいるダミアンは窓の外を眺めていた。

 すると、机の上に置いてある端末がけたたましく鳴る。

「ダミアン、鳴ってるぞ?」

 会議室入口の傍の壁によりかかるエマが、無機質な声でそう言った。

「マリアからだな。大方、ライアンの野郎をどうにかしろってことだろう」

「いいのか? マリアだけでなく、シン君も死ぬぞ?」

 エマの小柄な体躯に似合わない、悪魔のような凶悪な笑み。マリアが死ぬという事実を前にダミアンがどう決断するのか、心底楽しくてしょうがないのだろう。

 そんな彼女を前にしても、ダミアンに変化はない。

「……ライアンは試してんだ。同じ土俵に上がるなら良し、期待外れなら興味なしってな。アイツは殺しはしないだろうぜ?」

「だからといって、子供たちが血を流すのを黙ってみていると?」

「……そうだ。マリアは戦うことを選んだ。そんでもって、シンちゃんもそれを選び取った」

 ダミアンは、窓から訓練場を見下ろす。

「戦士となった子供は庇護対象ではない。奴らを守ること、それはその選択をした勇気を踏みにじる行為だ」

「ふんっ、詭弁だな。お前は最悪の選択をしているぞ?」

 エマは、椅子を窓際に持っていくと、それを台にして窓の外を見下ろす。

「……オレも、いつの間にか大嫌いだった大人になった。殺されちまうな……」

「子供の頃は、大人の背負う物は見えないもの。それは、同じ目線に立つ人間ではないと視認不可能だ」

「そんじゃ、先生はムリだな?」

「バカ言うな。そんな時は、ほれ――それの差を生める台を使えばいいんだ」

 ダミアンは、椅子を土足で踏むエマを見て笑みをこぼす。

「その台は、経験って名前ですかね?」

「どうだろうな? 人によっては嘘であり、勇気であり、希望でもあるだろう。ただ……本当ならば、あの子たちには身の丈に合った、そのままの目線で世界を見て欲しいものだ」

 夕日に照らされたエマの笑顔は、大人が持つ哀愁を感じさせる寂しさを秘めていた。

「……先生。全責任はオレが持ってるんで、地獄に落ちるときはオレだけでいいっすよ」

 ダミアンは、煙草を吹かす。昇る白煙は、揺らめき、幻のように空に溶けていく。

「ならば、お前に選択をさせた私の責任でもある。だから、ちゃんと、二人に謝ろう。それで、これからも一緒に迷惑をかけていこう。だから、煙のように消えてなくなる、なんてことはしないでくれるな」

「先生……迷惑かけることは確定してんすね?」

「うむ! 私とお前、ろくなことをしないからな!」

「ですよね~」

 子供たちは反逆の戦士。周囲の無理解に憤り、誰にも頼るまいと険しい道を歩き、大人になる。そして、振り返ったときに気づくのだ。自分の現在の位置と、あの時理解できなかった大人の立ち位置が同じだったということに。

 ”アンタみたいな大人になるもんか”。そう誓った少年は、”アンタみたいな大人”になり、その台詞を言われる側になっている。

 ”アンタみたいな大人になるもんか”。そう言われた大人は、元少年と肩を並べ、その台詞を言われようとしている。

 元少年ダミアンは、隣に並ぶ小さな大人に文句を言ったことがある。

『大人ってのは、なんで誰にも頼らないんだよ! オレにもアンタの苦労を分けてくれたっていいだろう!』

 当時、二十歳の大人になったダミアンにエマは優しく諭した。

『私はカッコつけなんだ。愛しいお前に、カッコ悪い所を見せたくないんだよ』

 誰かを頼れと言うのなら、頼らないのも選択だ。本音を語り合い、嘘偽りのない綺麗な繋がりを持つからこそ、新たに生まれる葛藤もある。

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