第28話

「ふざけるなぁぁぁぁ」

「ちぃっ!?」

 ライアンの横から、無防備な腹を抉る蹴り。コマのように回転する脚は、ライアンを一直線に吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……やっぱり、気持いいもんじゃねぇな」

「シン……」

 シンの背中が先ほどよりも、大きく見える。それはマリアの疲労ゆえか、シンがライアンが言う選択をしたからなのか。

「っはははは! はっははっははは!」

 シンの蹴りを喰らってもなお、ライアンは立ち上がる。それは純粋な身体のつくりによるものだ。一般人のシンと戦うために鍛えているライアンでは同じ男性といえども、筋肉の質、量に雲泥の差がある。容易には覆すことはできないだろう。

「……お前、そういうことでいいんだな? 力に力で返すってことでいいんだな? お前は暴力で解決するしかない、ただの獣ってことでいいんだよなぁ!!」

「あぁ、そうだ。友達がこれ以上傷つくのは見てられない。オレはお前を止める。それが、暴力だって言われる手段でもだ。吐いた言葉を覆してでもなぁ!」

「いいじゃねぇか、今のお前……」

 ライアンは、左手を持ち上げる。右腕に輝くバングルの宝石を覆い隠すと、中指を置く。

「――裂け」

 左腕を動かし、中指で触れた彼の力の本質を引き抜いた。

「――獅子羊蛇(しようのうわばみ)」

 それは、銀色に輝く鉄棒だ。

 それは、銀色に輝く三日月型の刃だ。

 それは、装飾が一切ない銀色に輝く大鎌だ。

「……宝石から――大鎌を出した!?」

 シンが驚くのもムリはない。アクセサリーの力は現象を再現する力だと思い込んでいたからだ。

 ライアンは、身の丈を超えるほど大きな鎌を取り出した。柄から刃まで全てが銀色の硬質な雰囲気だ。触れたモノを必ず裂き切る刃の圧力は、もう一人のライアンが常に睨みつけているように重苦しい。

「驚くな。今にお前にも出来るだろうぜ。そこの雑魚は出来ないだろうがな?」

「――オレにも」

 シンは指輪に視線を落とす。

「銀(シルバー)のようなありふれたものでも、宝石(ジュエル)のような希少価値が高い物でも不可能。そいつのような紋章(クレスト)だけが――こうして敵を殺せる」

 ライアンが鎌を振りぬいた。構えることなく、木の枝を振るうように軽々と操る。

(素振り……の筈がない。でも、なんで遠い距離から――)

 シンの耳に、甲高い音が届いた直後、

「いぃぃっ!?」

 右腕が何かに切り裂かれた。傷は浅いが、ジンジンとした痛みが脳に直接響く。

 何が起こったのか理解に苦しむシンを見て、ライアンはニヤリと笑う。

「……もしかして、それは――」

 シンは半信半疑で答えを導き出した。いや、ライアンに導かれたのだろう。

「――見えない刃を飛ばせるのか!?」

「正解だ――避けてみろよ」

 ライアンがまた鎌を振るう。右下から左上にかけての斜めの軌道だ。シンは、大鎌の動き、刃の軌道を注視していた。

(ってことは、斜めの軌道の刃。なら、右に飛べば――)

 シンは不可視の刃を回避すべく、大きく右に飛び込んだ。それが、ライアンの罠だった。

「ダメだ!? そいつの力は――自在に形を変える――」

 マリアの言葉が届くよりも早く、シンの右腕を切り落とす。

「えっ……」

「まずは一本……」

 片腕を消失したことで着地を失敗したシン。彼の視線は、切り落とされた右腕に向けられていた。

「嘘だ……そんな――ぎゃぁぁあっぁぁぁぁ!!!!」

 自分の腕が無くなったという精神的衝撃と、切断による身体的激痛がシンを襲う。

 日常生活では味わったことがない衝撃は、受け止められるはずもない。情けなく涙と唾液をまき散らしながら、地面をのたうち回る。

「ああぁぁぁ――あああぁぁぁぁぁぁぁぎぎぎぃぁぁぁあ!」

 あっという間に、腕の断面から溢れる血液が、シンの全身を真っ赤に染め上げた。

「いぎぎぎぁぁぁやぁぁぁああああああ!」

「シン!! シン!!!」

 ライアンから与えられた衝撃は、マリアの四肢の動きを一時的に不能にしている。彼女はその場で叫ぶことしかできない。

「何故だライアン!!!! なぜこんなことをするんだ!!!!」

「あぁ?」

 高揚感が抜けきれないのか、生返事を返す大鎌の主。

「叩き起こすんだよ、コイツの中にいる聖獣(バケモノ)を」

「起こすだと……」

「心がダメなら、身体にストレス与えるしかねぇだろ?」

「なにを言っている……そんなことのために――シンを」

 正義でもなく大義でもない。ライアンは、好奇心だけで人を殺そうとしている。

 マリアはそれを受け入れられなかった。

「これは勝負だ。オレはこいつの全力と殺し合いたい。こいつはお前を守りたい。結果、オレが勝った。だから、コイツは片腕を無くした。それだけだろ? この土俵に立てない外野が理解しようとすんな。犬歯むき出しで這いつくばってろ雑魚」

 シンを助けようと藻掻くマリアは、全身を地面に投げ出し芋虫のように這いつくばっている。

 マリアの苦痛に歪む表情を一瞥するライアン。熱に浮かされた紫色の瞳は、絶叫を上げるシンへ向けられた。

「それ、一気に三本目だ!」

 呻き、藻掻くシンの両足を鎌の一振りで切断した。膝から下が消失し、血が噴出する。

「が……がぎ……ぎぃ……」

 シンの脳は痛みのあまり、意識をつなぎとめることを放棄した。喉から漏れる虫のような声は、笑い声を押し殺す死神の声のようにも聞こえた。

「ああぁぁぁぁ、やめてくれぇぇぇぇえぇ!」

 余りに無残、余りに非情。

「お願いだぁぁぁ!」

 これが戦いであり、それを選んだシンが受け入れるべき結末だ。

「……そんな叫ぶならダミアンを呼んでみろよ。そろそろ、腕くらいなら動くだろ?」

 マリアはそれを理解している。だからこそ、シンにこんな結末を背負わせまいと、守ろうと誓った。それなのに、

「それなのに……シン……」

 マリアの頬を伝うのは、後悔と自責の涙。慰めの言葉を掛けてくれた友人はもう居ない。

「ほらよ」

 目の前に投げ捨てられた端末。それはライアンが施しとして与えた物だ。マリアは、震える腕を伸ばし、それにすがりつくしかできないほどに脆弱だった。

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