第27話

「お前ぇぇぇ!」

「そう怒んなって、まだ生きてるかもしんねぇだろ? いや、もう死んでんな? だろ?」

 喉がはち切れんばかりに激昂するシン。ライアンはマリアをバカにする言葉を並べ神経を逆撫でする。そんな態度が、シンをどんどん変容させていった。

「知ってるぜ? お前みたいなバカはよ? 誰も傷つけたくないって甘いこと言う人種だろ?」

 ライアンは、三日月のように口をゆがませながらゆっくりと近づく。

「おかしいよな、そんな優しい男なら――怒るよりもそいつの為に動いてやるはずだよな? そうだろ、自称博愛主義者?」

 シンは、その言葉にハッとする。

「そうだろ? 思ったろ、なんで動かなかったのか分からないんだろ?」

 シンは悔しそうに拳を震わせる。

「オレは知ってるぜ? お前みたいなやつは腐るほど見てきたからな? 教えてやろうか? 教えてやろうか?」

 ライアンの笑顔は、一度は取り戻しかけたシンの理性を再び蒸発させていく。

「それはな ――なんてなぁぁぁ!」

「ぐはぁっ!? ――あぁぁぁぁぁっ!?」

 ライアンの足がシンの腹を踏み抜き、地面に押し付ける。

「オレはお前みたいな奴が大嫌いなんだよ。口では博愛気取ってるが違う。お前らは、選ばないことでリスクを回避してるだけだ。選ぶってのは、片方を捨てるってことだからなぁ!」

 シンの腹をなんども踏み抜く。

「ほらぁ、どうした! 本来のお前を見せてみろ! オレを殺したいだろう?」

 マリアから貰った黒いズボンは土にまみれ、白いシャツには足跡が浮かぶ。全身には打撲痕が出来ており、怪我をしていない個所のほうが少ないだろう。

「怒るのに大義が必要か? オレが三下のように振舞えば力が増すか? お前の過去を否定するか? 大事な人間殺しまわって恨みの対象になってやろうか? ほら、何がいいんだ? 言ってみろよ?」

「……オレは」

「あぁ? なんだぁ?」

 シンが血であふれた口をゆっくりと開く。

「オレはっ! この力が怖いぃぃ! だから、お前みたいになりたくないから! 使いたくない!」

 シンは唾と血を溢れさせながら、空を背負うライアンに宣言した。

 その言葉は、ライアンの笑みを消し去った。

「まだ言うかぁぁぁ!」

 激昂したライアンは今までとは段違いの力で、シンの顔面を踏み抜こうとする。

 すると、彼の右足が突如、凍り付く。

「あぁ!?」

 ライアンは、この現象を起こせる人間を一人しか知らない。

「……お前か……この雑魚がぁぁぁぁぁぁぁ!」

 壁にもたれかかるマリアは、意識を取り戻したようだ。顔面、身体のほとんどが血にまみれていた。

「はぁ……はぁ、シンは……貴様が踏みつけていい、人間ではない。立ち去れ……獣(けだもの)」

 マリアの嘲笑を受けたライアンは、額に血管を浮かべた。目は血走り、今にもマリアを殺してしまいそうだ。

 それこそがマリアの狙いだ。

(そうだ、私だけでいい)。

 マリアの目ではライアンを捉えられない。駆け出した瞬間は分からない。移動している姿は見えない。

(……シン、守ってやれなくて)

 いつの間にか、目の前で拳を放っていた。

(――すまない)

 指一本動かせない。出来ることはライアンの怒りの矛先になることくらいだ。マリアは、それでいいと思っていた。

 マリアは、大切な友達のためなら、瀕死の重症くらい何でもないと思っていた。

 そしてシンも、大切な友達のためなら、迷いを振り切るくらい何でもないと思っていた。

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