第26話
ライアンを言い表すのなら、獣だ。
力に憧憬を抱き、力のみを信奉する人間社会から弾かれるべき存在。しかし、その強すぎる力は外敵排除の一点のみにおいては有用だった。
個人が持っては行けない戦力を有しているがゆえに、他の要素全てが破綻していても許容されている稀有な存在だ。
強敵が出現したならば決まってライアンの影がある。そんな嗅覚を持つ彼が、自分と同格になる資質を秘めた原石を品定めに来た。
「――いっつつ……」
シンは、ふらつきながら立ち上がる。衝撃で脳が揺れ、直立するのが困難だ。
ぶらりと力なく揺れるシンの右腕には、夕日に彩られた赤い輝きが存在する。それこそ、ライアンが求めていた物だ。
「シン!?」
「……おいアンタ! いきなり何すんだよ!? 滅茶苦茶痛かったぞ!」
マリアに支えられながらシンはいつもの軽口で檄を飛ばす。
辺りに唾をまき散らす勢いのお陰か、シンはライアンに詰め寄るほどまでに気力が回復したようだ。
「つまんねぇ仕事から帰ってきたら、同類が現れたってんでよ? そいつの顔を拝もうとしたら、戦わないって宣言しやがった。だから、目を覚まさせてやったんだよ――なぁ、フェニックス?」
ライアンの右腕に装着されたバングルには、紫色の宝石がはめ込まれている。
「それ……この指輪と同じ……」
「お前はフェニックス。オレは――キマイラだ」
紫の宝石には黒い紋章が浮かんでいる。大地を踏みしめる四足の獣。蛇のようにとぐろを巻く尾。それらが横からの視点で描かれていた。
「ライオンの頭。ヤギの胴体。蛇の尻尾。三位一体の闘争の化身。どうだ? お前と、オレどっちが強いか試してみたいだろ?」
ライアンの子供のような笑みは、狂気を孕んでいる。今すぐに戦いたいと熱に浮かされているのだ。
「……ごめんな。オレは戦うのが嫌いなんだよ。マリアのお陰でそれが分かった。だから、アンタとは戦えない」
「っはっははははははははははっはははぁぁぁぁぁぁぁ!」
シンの真っすぐな視線を受け取ったライアンは、笑う。王都に轟く悪魔の声。聞くものを皆、不安がらせる最悪の笑い声だ。
「そうかそうか、分かった。お前は、ベクトルは違えど頑固者だってのも今ので分かる」
「っ!? ほんとうか、分かってくれたのか!? ――いやぁ、なんだよ。話聞かない系の人だと思って」
次の瞬間、訓練場に突風が巻き起こった。
シンが周囲の変化に気が付いたのは、一秒後。
――シンの身体が支えをなくし、大きく傾く。
――耳をかすめるライアンの拳。
――隣にいたマリアが消えた。
――離れていくうめき声。
――何かが後方の壁にぶつかり崩壊した。
この事実から導き出せる答えは一つ。
「マリアァァァァァァ!?」
顔から血を流すマリアが横たわっている。生気をなくした半開きの瞳は、まるで死んでいるようだった。
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