第25話

「――生まれろ」

 シンがそう唱えると、指輪の赤い宝石から炎が生まれた。ろうそくの炎の様に小さな灯りが揺らめいている。

 仕事で何度も行っていたため、小規模な炎の出現は難なくできた。

「その炎を宙に浮かべることはできるか?」

「宙に……か」

 シンは炎を見つめ、”宙に浮け”と心の中で唱える。指輪から飛び立つ炎は、火球となり目の前で停止した。視線を左右に揺らすと炎は連動するように動く。

「やはり、基礎的な部分は問題ないようだな。それでは、シン ――私を燃やせ」

「……あぁ」

 シンは”その時が来た”と生唾を飲む。緊張で喉が渇き、手が震える。

 そうすると気の迷いが生まれてくる。

「や、やっぱりさ! そこの的とかでいいんじゃないか!? ほら、理解するだけなら――」

「――シン」

 マリアの凛とした瞳が、言葉を封殺する。

 彼女から伝わる”逃げるな”という想いと、”全部受け止めてやる”という想いはシンの背中を押す。

 震えながら腕を持ち上げ、宝石をマリアに向ける。

 唇を犬歯で嚙みちぎるほどに全身を力ませ、シンは喉を震わせた。

「――燃やせぇ!」

 絶叫とともに指輪から生まれた炎が放射された。

 行き先はマリア。

 シンは決して目をそらさない。瞬きもしない。マリアに凶器である炎を向けたことを心に刻むためだ。

 炎に包まれるその一瞬だけ前に、彼女は言葉を発した。

「――凍れ」 

 その一言で、氷壁を生み出した。

 二つの現象はぶつかり、消失する。氷が急速に蒸発したことで、お互いの姿が水蒸気で隠された。

(まだだ……戦いは終わっていない)

 シンは緊張を解いていない。いつどこで、何が来るのか。その不安は視界を埋め尽くす白いベールによって増幅されていた。

「――気を緩めるな」

「っ!?」

 目の前の白霧のベールに穴が穿たれた。そこから出現する氷柱。その向こうには、険しい表情を浮かべるマリアがいた。

(……君は選ぶことを恐れている。シンが自分のために選び取るときこそ、指輪の力を理解するとき)

 マリアは、シンを信じている。

「――燃やせぇぇぇ!」

 命の危機に瀕したことで、シンは初めて暴力的な思想に染まる。それにより、指輪への願いが直接的な物に変化、赤い輝きは今までの比ではないほど輝いた。

 指輪から放たれたオレンジ色の炎は、迫る氷柱を飲み込み爆発。余波は凄まじく、両者を大きく吹き飛ばす。

「ありえねぇ……」

 人間が起こすには膨大な労力を弄することを、シンは指輪一つで起こして見せたのだ。

「爆弾よりも……いや、どんな武器よりも……」

 自分が起こした現実感のない光景に、へたり込み腰を抜かす。

「意思一つで人を殺せる武器を使ってみてどうだ? 恐怖は晴らせたか?」

 目の前には、無傷のマリアが立っていた。

 攻撃を完璧に伏せがれたという事実に、シンは胸を撫でおろす。

「……ありがとう。お陰でモヤモヤはなくなったわ。だけど――」

 マリアの手を借り、シンは立ち上がる。

「やっぱり、オレは戦うなんてムリだわ。それがよく分かった」

 シンは、憑き物が落ちたようにスッキリとした表情をしていた。

「そうか。ならば、私たちが君を守ろう。それも――」

 その時、訓練場に足音が響く。

 ――ボゴン。

 そんな音を立てて、訓練場の壁が鈍い音を立てて崩れた。

「なにを言ってるんだ? お前は選ばれたんだろう?」

 そこにいたのは、紫色の髪の青年。全身を包む黒いジャージ。逆立つ髪。鋭い目つき。年齢はシンと同じくらいの獣のような獰猛さを感じる笑みを浮かべている。

「な、なんだよアンタ!? いきなり――」

「――ヒヒィッ」

 シンの言葉を掻き消す風切り音。

「っ!?」

 男は、瞬間移動したかのようにシンの目の前に現れると、無防備なシンの腹を蹴り飛ばした。

「ぐはっ!?」

 全ての重さが乗った右回し蹴りにより、シンは人型の的を巻き込み、後方の壁に激突した。

「ライアン!? 貴様は――」

「ほら、立てよ。選ばれたんなら、相応の力はあるはずだ」

 ライアン。

 彼は、シンと同じく紋章(クレスト)アクセサリーを保持している一人だ。

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