第24話

「それで、なんでここなんだ?」

「いやぁ~なんというか……身体動かしたほうが早くね?」

「なんとまぁ、本当に思い切りがいいことだな」

 ここは、騎士団訓練場。試し切り用の人型の的。武器庫。周囲への被害を未然に防ぐための高い壁で周囲を覆われた本部裏にある場所だ。

「それで? シンは私に何を望むんだ?」

 シンはゆっくりと拳を握り、構えた。

「オレと本気で戦って欲しい。喧嘩なんてしたことないから、戦いってのを知らない。だから経験したいんだ」

「――その中で、力に対する恐怖を克服するということか?」

「やってみたい。ダメなら、その時に考える」

 柔和な笑みが似合う青年はこの場にいない。マリアの目の前には、戦いに身を投じることを望む戦士になろうとする男がいた。

「遊びではないらしい。……ならば――若輩の身で恐縮だが、教えてやろう」

 マリアは腰を落とし、右足を引く。半身となり、左手でシンの表情を貫くように手刀を立てる。

「――来い」

「っ!」

 マリアの鋭い声を合図に、シンが駆け出す。

(一心不乱にただ早く。マリアより先に、殴る!)

 炭鉱での仕事のお陰か、動きは力強く素早い。足音は騒がしいが、この短距離では致命的な状況にはならない。シンが戦いの素人だからといって、決して致命的なミスを犯したわけではないのだ。

 それなのに、

「なっ!?」

 シンの視界は、青空で埋め尽くされていた。足が地面から離れ、身体全体を浮遊感が包む。

「……いつだ……いつ、やられたんだ……」

 シンの疑問が晴れるよりも早く、背中から地面に墜落した。

 背中から走る痛みよりも早く、マリアの右手を包む氷の刃がシンの喉元にそえられた。

「これが戦いだ。シン、君はこんなにも簡単に死んだんだ」

 太陽を背負うマリアの瞳は氷のように冷たい。

 氷刃が僅かでも動けば、首は落とされ死ぬことになる。

 シンは初めて死を感じた。

(……怖いって感じる暇もなかった。オレは死んだ、何もできずに――何もできなかった)

 シンに生まれた後悔は、波紋のように広がり消え失せ、無力感だけが支配した。

 呆然と寝転ぶシン。

 マリアはいつもより静かに、感情を押し殺してシンに大切なことを伝える。

「私が持つネックレスは自在に氷を生成するわけではない。生成範囲。速度。生成してからの持続時間。気候による影響などあらゆることを調べ、掌握することでこの形へと至った」

 マリアの左手を覆う氷の刃は、力の理解の象徴だ。それは、自分が持つ力を恐れているシンにとって一番重要な物でもあった。

「シンが持つ力への恐怖は正しい。だからといって、無知ではいけない」

「……無知」

「そうだ。力を正しく理解した上で恐怖するんだ」

 マリアは、仰向けで横たわるシンに右手を差し伸べる。

「その為に、今日は沢山傷つこうじゃないか?」

「おう!」

 シンは、初めて戦いで負けた。

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