第23話

「まったく。ボスは何を考えているんだ」

「怒んなって。そんな熱くなっとアイス溶けん~ぞ」

 マリアとシンは、ベンチでアイスを食べながら夕日に染まる王都を散策していた。

 マリアは気分転換にとアイスを頬張る。しかし、口内に溶ける甘さと冷たさを持ってしても怒りは収まらない様子だ。

「他人事のように言っているがシンはもっと怒っていいんだぞ? むしろ、怒ってしかるべきだ」

 苛立ちをぶつけるように、アイスをバクバク食べていくマリア。

「……怒るってのは苦手なんだよな~――うまっ」

 当事者はなんのその。

「……お?」

 夕日とアイスの虜になっていたシンは、マリアへ熱い視線を送る女性がいることに気が付いた。

 マリアのわき腹に肘を打ち付け、視線をそちらへ促す。

「な、なんだ一体!?」

「ほれ、あの子。あの泥棒の時の子じゃねぇか?」

「む」

 マリアはシンへアイスを手渡すと、傍らに置いていた帽子を被り女性へ歩み寄る。

「君は、あの時の子だな? どうしたんだ?」

「マ、マリア様! あ、あの! これ、お礼です! 受け取ってください!」

「お、お礼か。……ありがとう、嬉しいよ」

 マリアの笑顔で女性の瞳はハートに染まる。

「あの頑張って下さい! 応援してます!」

「ふっ、何かあったら騎士団に連絡してくれ」

「はい!!」

 瞳をキラキラさせながら女性は去っていった。

 それを見送ると、マリアは大きく息を吐き、緊張を解いた。帽子を取り、乱れた髪を整える。

「その帽子で気持ち切り替えてんのか?」

「よく分かったな。これは、父が残してくれた物でな? 被ると身が引き締まるんだよ」

「ほぇ〜、確かに帽子被ってると外面は完璧だな。生真面目って感じがする」

「……それは褒めているのか? まるで、いつもはそうではないと聞こえるが?」

「っへっへへ。少なくとも、オレが知ってるマリアは……ねぇ?」

 アイスを食べ終わった二人は、夕暮れの王都を眺めながら、ゆったりと歩き出す。

「騎士ってよ、今でいう警察なんだろ?」

「そうだな……目的と手段は似ているが、根本的な組織の思想が違う」

「思想?」

「警察、または特殊警察は各都市に配備され、その文化、特色を色濃く受け継ぎながら市民の安全を守る都市管理の組織だ。これは分かるだろう?」

 シンは、分かると軽く返す。

「騎士団とは、武力をもって武力を制する民間管理の自治組織。王都騎士団の起こりは独立大戦にまで遡るんだ」

「う〜ん。つまりは、荒っぽい警察?」

 シンの答えは、遠い昔に自分がエマに言ったものと同じだった。

「ふっ、そうだな。その認識で問題ないさ」

「なるほどな。マリアはみんなに安心して欲しいから、外ではかっこよく振舞ってんだろ。オレもやってみようか――いや、ムリだな。っはは」

「シン……どこかで座ろう」

 マリアは、シンの笑顔が無理してつくられたものだと察した。このままにすれば、彼が持つ大切な物が失われると考えたマリアは、裏路地の階段に座り話を聞くことにした。

「……シン、やはり先ほどの話が忘れられないか?」

「……分かっちゃう?」

 シンが感じているのは指輪への恐怖だ。

「突然、凶器を持たされ、管理は自分でしろと言われているんだ。戸惑うだろう」

 マリアの言葉が夕空に消えてから、暫く後。シンは、ゆっくりと口を開く。

「……マリア。オレさ、怖いんだよ。こいつが――」

 シンは右手を太陽に掲げる。赤い宝石がまぶしいくらいに煌めいている。

「何となく分かるんだよ。コイツに願えば大抵のことは出来るんだって。何でもできるからこそ、オレは怖い。……何かの拍子で、全部燃やしちまいそうなんだ。……マリアは怖くないのか? それ使っててさ?」

 彼女は、ペンダントの象徴である銀色の雫をギュッと右手で握りこむ。

「……いいや、私は感じたことはない。幼いころから、戦いの何たるかを教えてもらっていたからな」

「……スゴイなぁ、マリアは。……ほんとに、すごいよ……」

 寂しそうなシンの言葉は虚空に消える。

 家屋の影に隠れたシンは、オレンジに輝くマリアを直視できなかった。だが、マリアは影の中にうずくまるシンをしっかりと視ていた。

(……君も、そんな辛そうにするんだな)

 友情に時間は要らない。気が合えば、出会った瞬間に友人になる。マリアは、どこかの本で読んだ言葉を思い出す。

 シンと出会ってまだ二日。宝石となった街で出会い、うねりを乗り越え、自分が暮している世界を一緒に見ている。騎士団内でも孤立気味だったマリアにとって、シンは気軽に接することができる唯一の人間になっていた。

 彼を救うことができるのならと、自分の感情を恥ずかしげもなく吐露できるほどに、マリアはシンを大切に思っていた。

「……私はな? シンが羨ましいんだ。というか、ちょっとだけ嫉妬してる」

「……オレに?」

「あぁ」

 マリアは照れくさそうにはにかむ。夕日のお陰で、頬は真っ赤に染まっていた。

「シンは私にないものを持っている。自分じゃ気が付かないかも知れないが、この二日間で感じた――いや、ウンザリするほど魅せつけられたな」

 マリアは、鼻息荒く言い切った。

「そもそもだ! 私はシンのことがイマイチ測りかねる!」

「お、おう。……ち、因みにどういうところが?」

「そこだ! シンはエマさん、ボスとも秒で打ち解けるほどに豪胆だ! それなのに、とある場面では繊細で臆病になる! その度に私の情緒はぐちゃぐちゃだ! 他人の為に命を張るのは結構だが、自分をまずは大切にしろ! 何度も言っているだろうが、君にはまったく、まったく、まったくまったく響いていない! そうだろ!」

 顔をグイっと近づけ、シンの瞳を覗き込む。不機嫌そうに眉をひそめる彼女の顔は、やはり端正で美しい。

「……お、お……」

「お?」

「オ、オレだって言わせて貰うぞ! マリアだってそうだろうが!」

「む?」

 シンの反撃が始まる。

 マリアは心外だと腕を組み、それを聞き届ける腹積もりのようだ。

「マリアだって自分が怪我しても前に出るし! オレよりも怪我してんだろ!」

「それは仕方がない。私は庇護する者、シンに怪我などあってはならないからな」

「マリアはオレの母ちゃんか。何かする度、心配の言葉をかけてくるなって! オレは子供じゃないんだっての!」

「む? シンは目を離すと何をしでかすが分かってモノではないからな」

「それだよ! なんで昼飯の注文も買い物も、何でもかんでもマリアの許可がいるんだよ!」

「友人として栄養管理、並びに生活の質の向上を図ろうとしているに過ぎない。シンには、いい人生を送って欲しいのさ 」

「そこだよ! マリアの考える友達って、もう家族レベルだからな!」

 シンの鋭い指摘に、マリアはのけぞる。

「な、な、な……そうなのか!?」

「はっはっは、まぁ、それがマリアのいい所なんだろうな」

 シンの笑顔に釣られて、マリアも微笑む。

「……オレはマリアに憧れてる。真っすぐでいつも誠実であろうとしてる。そんで、メンタルが弱いのに責任を全うしようと努力する。オレなら逃げるところを、マリアは全力でぶつかってる。正直、すげぇよ」

「……そ、そうか。そう言ってくれて、嬉しいよ」

 マリアは褒められたことがないのか、所作なさげに髪をいじる。

 そんなマリアの様子を見たからか、それとも彼なりの心境の変化があったのか。シンの表情から曇りが消えていた。

「そうだな。うん、悩むのも馬鹿らしい――なぁ、マリア」

「なんだ?」

「……あれだ、あれ・ちょっとだけよ……助けてくれないか?」

「え?」

「オレ、どうしていいのか分かんねぇんだ。だから、助けてくれ」

 彼は仮面を自ら外し、助けを求めた。友達を助けることに理由はいらず、労力は厭わない。マリアの答えは既に決まっていた。

「あぁ、勿論だ。私と一緒に考えよう、これからのことを」

「……ありがとう」

 お互いの信頼関係をより強固にした。

 そして翌日。シンの悩みを解決すべく行動を開始する。

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