第22話
「ゼドなの? ……本当に?」
「その特徴は資料の記述に一致している。そんな少女がそこらにいるとは思えない。さらに言えば、一般の少女がお礼でソレを渡すとは……」
「そこらに落ちてたってのは……」
「……ちょっと、なぁ?」
聖獣にゼドというビックネームの登場。シンはこの指輪の重要性を理解しつつあった。
「なら、これは――」
シンは指輪を外すと、マリアの前に置く。カタリと音を立てる指輪にマリアの視線は吸い込まれた。
「この指輪がそんなにスゴイってんなら、マリアにあげるわ」
「は? ――はぁぁぁ!?」
マリアは勢い良く立ち上がる。衝撃で、椅子が転がってしまうが気にする余裕はないようだ。
「道具ってのは使ったほうがいいだろ? ほら、オレが持ってても役に立たないし。それよりか、マリアが困ってる人のために使ってくれたら……あの子、ゼドも喜ぶと思うんだわ」
シンは至って冷静だった。
「だからといって!? これは、ゼドが君に送った指輪だ!? 私は――いいや、経緯を知れば誰だって使おうとはしないだろう。シンが思ってるより、ゼドという言葉は重いんだぞ!?」
シンに手渡そうと、マリアは指輪を拾う。
その瞬間、赤い宝石が輝き、
「なっ!?」
火の粉をまき散らすフェニックスが登場し、翼のフルスイングでマリアから指輪をはたき落とす。
「キィィィ!」
目付き鋭くマリアを一瞥すると、指輪をくちばしに咥え勢いよくシンの指に放り投げた。
美しい軌道を描き、輪投げの要領で元の位置に戻る。
「キィィィィィィ、キィッ! キィィッキィィィ!」
「ご、ご、ごめんなさい……」
シンに対して、全身を使って怒りをアピールするとまた消えてしまった。
「……シン以外に触れられたくないようだな」
「……まぁ、貰いもんだしな〜。でもよ、オレは本当にコイツの価値を知らないし、力も引き出せねぇぞ? 宝の持ち腐れなんじゃねえか?」
マリアは乱れた髪を整えながら、座りなおす。
「それでいいんだ。使おうが鑑賞しようが持ち主の自由さ」
すると、シンは先ほどのマリアの言葉を思い出す。
「そういえば、こんな奴を持ってる人って他にいるのか?」
「あぁ。一人は我が騎士団に所属しているライアン。もう一人は水の都の統率者。後者は、噂程度だがな」
シンは資料をめくり、フェニックス以外の紋章をパラパラと眺めていく。獅子や蛇、馬、猫など八種類近く記載されていた。
「その二人もゼドから貰ったのか?」
マリアは、報告資料を捲っていく。
「いや、そんな記録はない。水の都の統率者については情報はないが、少なくともライアンは偶然手にしたとある。その女の子、恐らくゼドから受け取ったのはシンだけだろう。重ねて言うと、生きている人間でゼドと直接会ったことがある人間もシンだけだろうな」
「その本にいっぱい書いてあんだろ。他にもいんじゃね~か?」
マリアは、資料を閉じると残念そうに首を横に振る。
「ゼドに関する情報はこの数十年は上がってきていない。勿論、私たちの情報網に掛からないものはあるかもしれないがな?」
マリアは席を立つ。
「すまないが、取り急ぎボスにこのことを報告してくる。すぐに戻るから楽にしていてくれ!」
「おう~」
すると、マリアと入れ違いで白髪混じりの髭が生えた浅黒い肌を持つ男性が入室してきた。
「おう、やってるか」
「あれ、串焼き屋のおっちゃん。どうしたんだ?」
「いやなぁ? マリアが騒がしくしてたから様子見に来たんだよ」
シンは、テーブルに散乱した本を持ってきたときのことを思い浮かべた。
「すんません、ちょっと調べ物があったんで……」
「気にすんな、気にすんな。子供ってのは騒がしいくらいで丁度いいんだからよっと」
男性はマリアの席に座ると、シンにお茶を出す。
二人は気が合うのか、あれやこれやと談笑で盛り上がる。いつの間にか、人生相談までするほど仲を深めていた。
「なぁ、ダーちゃん」
「どしたシンちゃん?」
ダーちゃんとは串焼き屋の店主、ダミアンの愛称だ。
「宝の持ち腐れってあるじゃん?」
「あるな。それが?」
「いやよぉ、それが分かってるのに宝を手放せない時はどうしたらいいと思う? かなり勿体ないって思わない?」
ダミアンは目をつむって考えると、直ぐに答えを出した。
「手放すって選択肢がないか……オレなら、宝を持ち腐れにしないな。あれやこれやと出来ることを見つけて使う。だってよ、有効活用できないってのがその罪悪感の原因なんだろ?」
シンは考える。
(宝を持ち腐れにしない……コイツを使うってことか……)
シンの脳裏によぎるいくつかの光景。
凍結されたこの部屋、宝石となったアクセサリウス。今まで過ごしてきた日常から大きく外れた埒外の力がこの指輪に宿っている。
(オレには分かる。こいつを使えば……王都を全部、燃やせる)
シンは恐れていた。自分の意志一つで人間が殺せるようになってしまったことに。殺せることを理解してしまったゆえの、強大な力が持つ責任に怯えているのだ。
”意図せず。
”些細なことで”。
”誰かに騙されて力を使ってしまったら”。
そんな考えが頭を巡る。
(気軽に……いや、少なくともオレが持っていちゃダメだ。絶対に、絶対に……ヤバいことを起こすに決まってる)
シンはこの場にいることすら怖くなった。冗談で言った”くしゃみの拍子に力が暴発”なんてことが現実的に思えてしまったのだ。
爆弾を持つシンは、脇目も振らず逃げようとした時だ、
「ボス!? なんでここにいるんですか!?」
マリアが血相を変え、会議室に飛び込んできた。
「いやぁ~、息抜きしないと死んじゃうじゃん? な、シンちゃん?」
「シンちゃん? ……は?」
マリアは、途端に表情を不機嫌そうに歪めるとダミアンに詰め寄る。すると、勢いよく胸ぐらを掴み上げた。
「アナタは! ボスとしての! 自覚がないんですか!!」
「あるある! あるからぁぁぁぁぁ!」
「だったら! ふらふらしないで下さい!」
「別に支障が出なけりゃいいだろうよ~」
「支障は出てるでしょうが!」
二人が言い合いをしていると更なる訪問者が姿を現す。
「二人ともそこまでにしておけ!」
検疫検査場にいたエマだった。串焼き屋のエプロンをしていることから、下で店の手伝いをしていたようだ。
「お前たちが盛り上がってどうする!? 今重要なのは、シン君のことだろうが!」
エマの迫力にビビり、二人はバネに弾かれた様に背筋を伸ばす。
「まずはマリア」
「はい!」
「重要なことを説明するのはいいことだ。しかし! 相手の境遇をもっと考えろ。その後のケアを怠り、部屋を出るなど言語道断だ!」
「申し訳ございません!!!!」
エマの鋭い眼光はダミアンを貫く。
「マリアはまだいい――しかし! ダミアン、お前はダメだろうがぁぁぁぁ!!!!」
「はい!」
「貴様、シン君に指輪を使わせようとしていただろう!」
「そ、そんなことは……ただ、ほらライアンは言うこと聞かないだろう? その点、シンちゃんは人格パーフェクトの真人間だ。ならさ? ……ねぇ?」
ダミアンは、エマの機嫌を伺う。
それが、彼女の逆鱗に触れた。
「それでも大人かぁぁぁぁ!」
部屋全体が揺れた。叱咤の対象ではないマリアは、顔を青くして震えている。
「私たちの責務は、将来を担う子供たちを含めた人類の保護! 自らの力不足を棚に上げ、守るべき子供を戦士にしようなど――」
「エマちゃん、待ってくれ」
エマの言葉を遮ったのは、他ならないシンだった。
友達を庇うためか、恐怖心を押し殺しているためか不明だが、年齢に似合わない精悍な顔つきをしていた。
「マリアも、ダーちゃんも悪くないって。だから、そんなに怒んないでやってくれ。オレは二人に色んな事を教えてもらって、嬉しいくらいなんだよ」
「……まぁ、そこまで言うなら」
エマは溜飲を下げたようだ。
「ったく、シン君は甘いんだ。そんなんじゃ、悪い大人に騙されるぞ?」
「えっへへ、そん時はそん時だって」
笑顔を取り戻したエマは懐から財布を取り出すと、マリアに放り投げた。
「外で気分転換してきなさい」
エマの思惑を理解したマリアは、シンを連れて部屋を後にする。
この部屋に残ったのは、エマとダミアンの二人だけだ。
「すまないな。損な役回りをさせた」
「いいんだよ、オレは悪い大人だからな」
窓の外には、シンとマリア、二人が街へ消えていく姿が見える。
「あの子は聡い。さっきまで自分の力を怖がっていた。感覚として、理解してるから指輪をむやみに使うことはなさそうだ」
「そうか。もう、恐怖を知っているのか」
「力を手にして浮かれるそぶりすらなかったぜ? まるで、経験者だ」
「……あの子の過去に何があったのやら」
「ま、マリア共々見守っていこうぜ。時に厳しく、時に甘く、時に悪だくみをしながらよ?」
「……ほんと、チビガキが大人ぶってからに」
「アンタのお陰だよ……先生」
大人たちの思惑を知らない二人は、夕飯の香りが漂い始めた王都をあてもなく歩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます