第21話

「ほらな? てか、なんでここにいんだ?」

「キィィ!」

「ほぉほぉ。なに? 資料に文句があんの?」

「キィ、キィ!」

 シンは椅子に改めて座ると、フェニックスと何やら会話を繰り広げている。

 ゼドの物語の中にも登場する聖獣は、シンが広げた資料までトコトコと歩くと翼でページを力強く叩く。

「あぁ、この指輪について書いとけって?」

 フェニックスはその通りだと頷く。心なしか目付きも鋭くなっている。

「ってことで、マリア~」

 気がつくとマリアは会議室から姿を消していた。倒れた椅子、開け放たれた揺れるドア。慌てて、会議室を飛び出したようだ。

 と思ったら、騒がしい足音と共にマリアが姿を現した。

「はぁ……はぁ……フェ、フェ、フェニックスゥゥゥゥ!!!!!」

 額に金髪を張り付かせ、荒い呼吸を繰り返している。シワなく着こなした騎士団の白いジャケットは肩からずり落ちそうだ。

「はぁ、はぁ……」

 両手に抱える大量の資料を机に置くと、呼吸を落ち着ける間もなく、じりじりとフェニックスに詰め寄る。

「はぁ……はぁ……あぁぁぁぁぁ!!!」

「キィッ!? キィ、キィィィ……」

 マリアは目をまん丸に見開いている。瞬きを忘れた青い瞳がジッと聖獣を見つめている。

「ま、間違いない!!!! なんだと!? ありえない、いいや、いいやぁ――」

「キュ、キュ……」

 聖獣フェニックスは、奇声を上げるマリアに気圧されていた。結果、火の粉をまき散らすとその姿を消してしまった。

「あぁ~あ」

「そんなつもりは……ないのだ……すまない」


 落ち着きを取り戻したマリアは、フェニックスの機嫌を取り戻すべく、資料に情報を追記していく。

「まさか、聖獣が宿る指輪に出会えるとは。紋章(クレスト)があるなど思うわけがないから見落としていた」

「そんなに珍しいのか?」

「あぁ、あり得ないという言葉を使ってもいいだろう。先ほどのアクセサリーがどれくらいあると言ったか覚えているか?」

「確か、銀(シルバー)が千個、宝石(ジュエル)が百個だっけ?」

「正解だ。実は伝えるべきではないと考え、敢えて話さなかったことがある。……それは、ゼドが実在していることの証明になるからだ」

 マリアの言葉には、先ほどとは違う重みがある。

 シンは固唾を飲む。

「数あるゼドのアクセサリーの中には、明確な格の違いが存在する。それが紋章(クレスト)。宝石に浮かぶ紋章は、ゼドに仕えた聖獣が宿る証。つまりは、シンが持つ指輪はゼドが所持していた物、分かりやすく言うのなら伝説の指輪ということだ」

「伝説って……マジかよ……」

 指輪をつけないほうが価値を下げなくていいのではと思えてきたようだ。

「こんなすげぇ物、なんでくれたんだよ」

「――それだ!」  

 マリアの鋭い声が飛ぶ。

「伝説のアクセサリーを他人に渡す愚かな人間がいるのか? シンはどこでそれを手に入れたのか覚えているか?」

「ちょっと待ってくれ……今から思い出すから」

 シンは大昔のかすかな記憶を呼び起こす。

 腕を組み、唸っていると当時の光景が徐々に脳内に広がっていく。

「……女の子だ。女の子が泣いてた。他の人には視えてないのか、誰も声をかけなかったから、オレが声をかけて――」

「どんな子だった――外見の特徴は!?」

 思い浮かんだモノクロの記憶。

 膝をたたみ泣いている少女。当時のシンと同じくらいの身長。辺りを行きかう大人たちはまるでいないものの様に彼女に気が付いていない。

「多分、十歳くらいの……」

 青空に浮かぶ雲みたいな、ふわふわの白髪をしていた。

「白い髪……短かったな」

「白髪のショートヘアだと……」

 マリアはシンの証言に一致する特徴を探すべく、あちこちの本のページを捲っていく。

「女の子だと――こっちだ」

 ここにある本の記述は、飽きるほどに読み返しているため、凡その記載位置は理解していた。

 そして、見つけた。”ゼドの魔法使い”原文の写本だ。

「――ウェーブがかったセミロングの白髪」

 マリアはゼドの特徴を読み上げていく。

「――琥珀色の瞳」

「――頬に赤い雫のペイント」

 徐々に、シンの記憶に色が付く。

「――綿のような白いローブ」

「――聖なる獣が彫りこまれた、大人よりも背の高い杖」

 当時の記憶が、完全に蘇った。

「そうだ……あの子は、泣きながら笑ってた。大切な人が居なくなったって泣いていたんだ。その時、お守り代わりに指輪を貰った。……なんで忘れてたんだ」

 シンは思い出した反動を受けているのか、イスに深く座り、大きく息を吐く。

 対するマリアも落ち着きを取り戻し椅子に深く座る。

「シン、少しいいだろうか?」

「どうした?」

「その少女の正体は――ゼドだ」

「うっそだぁ~」

 超特大のインパクトにも関わらず、驚きの連続で疲れた二人のテンションはいつも通りだった。

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