第19話

「串焼き下さい。甘ダレと塩、一本ずつ!」

「はいよ! ちょうど焼いてるから、あと十秒待ってくれ!」

 ここは、騎士団本部会議室。串焼き屋の威勢のいい声が窓の外から聞こえてくる、

 会議室は、大人十人が入る広さ。白い壁。白い天井。木目の床。中央の長机に椅子が五脚づつ。入口からみて正面の壁に黒板があるだけの簡素な物だ。

 マリアは部屋の奥の黒板を背負う位置に、シンはその隣、入口すぐの位置に座っている。

「それでは、シンが置かれている状況の説明をさせてくれ」

「うっす、お願いします!」

「いい返事だ」

 マリアは、ファイリングされた資料を広げながら説明を始める。 

「まず準都市アクセサリオスが見舞われた現象、”宝石化現象”についてだ」

 シンは、マリアの言葉を聞き逃さないよう、真剣な眼差しを向けている。

「これと同様の現象は数は少ないものの報告はされている。しかし、原因はおろか、宝石化しているとさえ判明していなかった。それほどまでに、未知の現象であり、今のところ解決の手立てはない。シンには気の毒だが……まずはこの現状を理解してほしい」

 マリアは申し訳なさそうに、俯きながら伝えた。王都に来る前にもある程度は聞かされていたからか、シンはそれほど落ち込んではいない。

「他の都市でも宝石化があったって言ったよな? オレみたいに助かった奴はいなかったのか? もしかしたら、もっと情報持ってるかもしれないだろ?」

 マリアは首を横に振り、否定する。

「シンは宝石化現象から生還した唯一の人間なんだ。……だから思い出したことがあったら、どんな些細なことでもいいから教えて欲しい。それが解決につながる筈だ……その筈なんだ」

 彼女の苦渋の表情は、シンからの情報の貴重さを物語っている。

「勿論。オレに出来ることはなんでもやらせてくれ」

 シンはマリアの気を紛らわすために、ワザと大仰に腕を組んでいる。そのお陰か、場の空気は一気に明るくなった。

「あぁ、その言葉に甘えさせてくれたら嬉しい」

 すると、シンは不満そうに眉をひそめる。

「アレだぞ? 戦い方は分からないけど、盾くらいにはなるぞ?」

「はぁ……シン、私を見くびるな。友人を危険にさらすのなら、大人しく死を選ぶさ。泥棒の件といい、君は自分をもっと大切にするんだ」

 マリアの口調が少し強くなる。シンも軽はずみな言葉だと後悔したようだ。

「……すまん、マリアを傷つけたくて言ったんじゃない、考えなしだった」

「ふっ、シンは素直だな。どんな人にも限界はある。君が出来ることをすればいい、私も、存分に頼らせてもらうからな」

「うっし! そんじゃ、頑張ろうぜ!」

 マリアは、シンの危うさの一端を感じ取った。いつでもどこでも明るく振舞うムードメーカーという仮面の下にある自分をないがしろにする思想だ。

(……シンは歪だ。……過去に何があったのか)

「マリア、質問なんだけど!」

 シンが勢いよく手を挙げ、マリアの思考を現実に引き戻す。

「おっと、なんだ? 何度も聞いてくれていいぞ?」

 シンが聞きたかったことは、アクセサリウスを宝石に変えた実行犯についてだ。

「そもそも、異形ってのはなんなんだ?」

「……そうだな。現状、どんな理解でいるんだ?」

「オレらが地上を追われた原因を作ったのが異形種。何年も前の戦争で人間と戦った敵……って学校で教わった」

「そうか」

 マリアは伝えるべき情報の取捨選択を行う。シンが引き返せない場所まで進むのを避けるためだ。

「彼らと私たちとの違いはたったの二つ。身体的特徴。特異な力。これだけだ」

 マリアはひとつづつ説明していく。

「身体的特徴とは、角であったり、翼であったり、尻尾であったりと様々だ。中には、外見的特徴が小さく、私たちとの判別が困難な者もいるらしい。彼らは決まって統一された黒装(こくそう)をしているから、それが目印ともいえるな」

 マリアの説明は続く。

「次は、特異な力についてだ」

 マリアは、右腕に巻きつけているペンダントをテーブルに置く。

「既に知っているだろうが、改めて理解して欲しい」

 シンは、物々しい雰囲気に生唾をのみマリアの手元に注目する。

 雫をかたどった意匠の上に右手をかざし、

「――生まれろ」

 ――ビシッ。

 木が軋むような音と共に、銀の雫が薄い氷に包まれた。

「――集まれ」

 ペンダントの氷が移動し、マリアの右手全体が氷に包まれた。

「――凍れ」

 次の瞬間、マリアの右手から氷塊が放たれた。それは真上に進み着弾。天井、隣接する四方の壁、床を徐々に凍らせていく。

「うおっ!?」

 シンは驚き、椅子の上に飛び上がった。椅子の四つ足は凍っているため、飛び乗ってもグラつくことはない。

「……マリア。これはさっきの……」

「世界には、特殊な力が込められたアクセサリーが存在する。このペンダントには、使用者の意思を読み取り、氷を生み出す力があるんだ」

 一瞬でこの部屋が凍った。

「アクセサリウスみたいだ……」

「そうだ。彼らが持つ特殊な力とは、このアクセサリーに込められた物と同等だと推測している」

「ってことは、ソルは宝石化をする能力を持っているのか?」

「シンの話が本当ならば、可能性は高いだろう」

「……ってことは、ソルを説得して宝石化を解除させれば?」

「穏便に解決できるだろう」

 マリアは腕を一振りして、部屋の凍結を解除した。氷は青色の粒子となり霧散。四方の壁には霜も水分も付着していない。氷自体が夢、幻だったように痕跡は残っていない。

「街を戻す可能性は、もう一つある」

「っ!? なにがあるんだ!?」

 シンは身を乗り出して、マリアの言葉を待つ。

「アクセサリーの力を使う方法だ」

「これか?」

 シンは右人差し指に装着されている赤い指輪に視線を落とす。

「”ゼドのアクセサリー”と、そう呼ばれている。これらは、多種多様な超常的な力を宿しており、王都にある遺跡からの出土を皮きりに、今も全国各地で続々と発見されている」

 マリアは、机の上にあるファイルをシンに見せる。

 そこには指輪、ブレスレット、ネックレスなど様々な形のアクセサリーが記載されている。

「そこに記載されているのは、私たちが記録したものだが、全体から見ればほんの一部に過ぎない」

「こんなに多いのにか? 百はあんじゃないか?」

「把握しているだけでも千はあるな」

「ま!?」

 シンは驚き、椅子から転げ落ちそうになる。

「火を出す、水を出すというあらゆる局面で活用できる力から、小石を浮かせる、砂を塩に変える、背が多少伸びるなど限定的な物も多く把握しきれていない。そんな能力があるのなら、対象を宝石化させるものがあっても不思議ではないだろう?」

「ある! 絶対にあるって! 見つけに行こうぜ!」

 友達であるソルと戦うよりも、まだ見ぬアクセサリーを発見する選択肢のほうが魅力的に思えた。

「それもいいだろうが――やらなければいけないことがある。その指輪について聞かせてくれないか?」

 マリアの目に留まったのは、シンの右手の指輪だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る