第18話

 マリアは今にも泥棒であろう男に追いつきそうだ。

 すると、

「殺すぞぉぉぉぉぉぉぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「って次はなに!?」

 被害者の女性が、鬼の形相を浮かべながらシンの横を猛スピードで駆けていく。

「ちょ、ちょっと!? アンタ危ないって――待てって!」

 シンも被害者の女性を追っていく。

 泥棒を追うマリア。その後に続く被害者。被害者を追うシン。四人が路地を駆け抜けていく。

「待つんだ!」

 マリアは泥棒の背中を捉えていた。あと一歩で手が届く位置にいる。

 すると、後方から騒がしい声が聞こえてきた。

「邪魔すんじゃないのぉぉぉぉぉ」

「だから!!! アンタが危ないんだって!!! 一般人は下がってろよ!!!」

「アンタだって一般人でしょ!!! てか、どこの作業員よアンタ!!!」

「そんなのどうだっていいだろうが!!! アレか? 作業員をバカにするのか!!!!」

「そんなこと言ってないでしょぉぉぉぉ!!!」

 お互いの怒りのエネルギーは相乗効果をうみ、通常ではありえない走力を発揮している。

「ちょっ!? な、なんで――おいシン!!!」

 先行していたマリアを押しのけ、二人のタックルが泥棒に炸裂した。

「いってて……うぉ!?」

 正気を取り戻したシンは、慌てて立ち上がった泥棒と対峙する。

「……マリアと、正義感だけの一般人なら――こいつだけでも!!」

 ポケットからナイフを取り出し刃を出すと、尻もちをついているシンに切っ先を向ける。

「ちょ、ちょっと待って! そうだ、飴食べるか? 美味いぞぉ?」

 泥棒が改心する雰囲気はない。

「ちょ、これ以上罪を重ねるな! ご両親が悲しむぞ!」

 シンは説得を試みるが意味はない。ナイフが振り下ろされた。

「うっせぇ! オレが生きるのを邪魔すんじゃねえよぉぉぉ!」

 凶器を前にしたシンの身体は強張り、言うことを聞かない。

「っ!?」

 その時、白い影がシンの前に踊り出る。

「――やめるんだ」

 マリアは騎士。凶器を持っていようが、素人に負ける道理はない。

 泥棒のナイフの刃が氷に包まれたと思ったら、

「――ふっ」

 マリアは、回し蹴りでナイフを氷ごと粉砕した。頬を掠める破片は、マリアに傷を作るが外傷はそれだけ、時間にして数秒だった。

「ってぇめぇ! 何してくれとんじゃぁぁぁぁぁ! 男に逃げられたら責任取ってくれんだよなぁぁぁぁぁ!!!」

 泥棒は、被害者女性に罵詈雑言を浴びせられながら警察に連行されていった。

 それを見送ったマリアは、不機嫌そうに眉をゆがめシンをジトっと見下ろす。

「シン。なんて危ないことをしたんだ。あと一歩、あの男が少しでも戦いの心得があれば死んでいたかもしれないんだぞ? 理解しているのか?」

 氷の様に冷たい視線は、シンを身体の芯から凍らせ、ゾワリと寒気を与えた。

「ま、まぁ、結果オーライだろ?」

「オーライにならなかった場合はどうするんだ――まったく、ほら立てるか?」

 シンに何を言っても無駄だと理解したマリアは、肩を落としながら手を差し出す。

「ありがとう。マリアこそ大丈夫か、血出てるぞ?」

 手を借りて立ち上がったシンは、マリアの頬の血を指で拭う。

「マリアだって怪我してんだから、こっちもヒヤヒヤしたぜ~」

「何をいうか。私自身が未熟なことは承知しているが、アレくらいならば……」

 シンと言い合いをしていると、辺りには人だかりが出来ていた。

「嘘っ!? マリア様よ!」

「本当だ、騎士団のマリアだ」

「美人だな~」

「マリアちゃん、大きくなったなぁ」

 どうやら先ほどの逮捕劇を目撃して集まったようだ。十数人の群衆は皆、シンではなくマリアに注目し、歓声を上げていた。

「みな、不安にさせて申し訳ない。犯人は無事捉えたから安心してくれ。警察でもいい、騎士団でもいい、何かあったら遠慮なく頼ってほしい」

 マリアは観衆たちにそう呼びかけると、シンとともにこの場を後にする。

 背中で声援を受けていると、マリアが王都でいかに人気なのか容易に理解できる。

「人気なんだな、マリア様ぁ?」

 マリアの表情からすぅと感情が抜け落ち、青色の瞳から光が消えた。

「……ほぉ、バカにしてるのは分かるな。覚えておけよ」 

「冗談だって。その目やめてくれよ」

 道中、マリアの感情を取り戻すため、シンはあれやこれやと好物を貢ぎ、つまらない冗談で笑わせることにいそしんだ。

「ふっ、ほら騎士団本部に着いたぞ」

 そんなことをしていると、あっという間に目的地に到着した。

「マジで!? 騎士団本部って情報ないからちょっと楽しみなんだわ」

 大陸中に轟く王都騎士団。おとぎ話にも登場する歴史ある組織。その本部というからには、宮殿の様に広く、歴史を感じる攻防一体の城塞なのだろうかとシンは勝手に想像していた。

「これ?」

「これだ」

「この二階建て物件?」

「これだ」

「串焼き屋?」

「これだ」

 肉と甘辛いタレの香り。白一色の壁は、油で黄色く変色している。日に焼けた褐色の肌を持つナイスミドルがサングラスをかけながら、肉を焼いている。ジャンキーでスパイシーな店を背負い、マリアは”ここが騎士団だと”そう言った。

「”串焼き屋・王都騎士団”。ここが本部だ」

「……えぇ」

 世に名高き王都騎士団は、串焼き屋の店名に変わっていた。当時を戦い抜いた英霊たちがこれを見たらどう思うのだろうか。

 シンはそんなことを考えながら、建物の奥へ消えていった。

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