第17話
昼食をとりご満悦のシンは、マリアの案内のもと王都をぶらついていた。
「いやぁ〜、美味かったな。王都は始めて来たけど、いいとこだ~」
「気に入ってくれたなら嬉しいが、エマさんに対して――いや、他人のことにとやかく言うのも如何なものか……」
「マリアは難しく考えすぎなんだよ、もっと単純に考えようぜ?」
「……シンのそういう所、素直にうらやましいよ」
マリアは短い時間ながら、シンの性質を理解しつつあるようだ。重苦しく吐き出す溜息には、自責とシンへの羨望の念が込められていた。
オレンジ色の屋根がひしめく、整理された住宅街を進む二人。
「おぉ~いい場所だな~」
路地を抜け、開けた場所に出た。この広場は複数路地との接続ポイントであり、ここら一体の住人の憩いの場になっているようだ。
高台になっているここからは、青空とオレンジ色の屋根を持つ家屋たちが連なる光景が見える。
「青空と太陽、オレンジの屋根がめっちゃ沢山。ゼドのお話通りの――ん? なんだありゃ?」
すると家々の向こう側に、都市を支えている天柱の半分ほどの大きさの塔を発見した。
「マリア、あの塔は?」
「あぁ。アレは通称”ゼドの塔”。至上の魔法使いたるゼドが当時の王と建設したとされている」
「初めて聞いたなぁ。あれってどうやって建てたんだ? 重機なんて昔にはなかったよな?」
「それは未だ解明されていない。少なくとも、現代の技術では再現不可能とされているな」
シンは改めて塔を観察する。
大きさは類を見ないほどで、都市を支える天柱にも匹敵するだろう。日焼けも汚れもなさそうな、純白であり、とても人工物とは思えない。
「シンは、気づいたかもしれないな。あれは、都市を支える天柱と同様の素材で出来ているらしい。凄いだろ、ゼドが絡むと大概が不可能の文字に行きつく。面白くないか?」
マリアはゼドが好きなのだろう。表情は明るく、言葉は弾むようだ。
「でもよ、ゼドって本当に居たのか? “ゼドの魔法使い”って絵本だろ?」
ゼドの魔法使いとは、この大陸に広く流通しているおとぎ話の一つ。”主人公であるゼドは、旅を通して成長していき、世界最高の魔法使いとなる”冒険譚だ。
しかしながら、あったらしいなと思うような世界観の数々は子供はもちろん、大人までも魅了している。
シンも、姉にせがんで読んでもらった覚えがある。
「絵本は、ゼドが旅の体験をまとめた書物を元に作られた実話ベースの話というのは本当だ。お話のような天真爛漫、破天荒な人物ではないかもしれないが、元になった人は確かにいる。その証拠の一つがこの街なんだ」
「王都が?」
「規則正しく整理され、自然と共存できるこの場所にはいくつもの解明されていない建造物が存在する。超常の力によって作られた可能性があり、今も調査が続いているんだ! 私は、ゼドがこの場所を歩いていたんだと、そう信じている」
マリアの熱のこもった言葉を聞き、シンは辺りをゆっくりと見渡す。
「……この道を、あのゼドがねぇ……」
マリアの言葉は、シンの価値観を一気に変えた。物語の中に入ってしまったような感覚を覚え、そこら中の街並みも特別に視えてしまう。
”当時の人はどんな衣装を着ていたのだろう”。
”何を食べていたのか”。
”何時に寝ていたのだろう”。
”何でもできる魔法使いはこの道で何を思ったのだろうか”。
マリアが楽しげに話す理由が、なんとなくだがシンも理解できた。
二人は騎士団本部への道すがら、ゼドについて思い思いのことを話す。
「なあ、あちこちのシンボルの”いかにも魔法使い”ってシルエットはゼドだよな? ここがゆかりの地だからか?」
看板や道など、宣伝をする役目がある場所には必ずといっていいほど、八角形の中に杖を持った人のシルエットが描かれている。
「そうだ。王都政治のトップである現エターニアが、ゼドの功績をたたえるため、この町のあちこちをゼド染めている。私たちも、ゆかりの地としての誇りがある。だからその提案は大歓迎さ」
「やっぱ、田舎と違って人の密集具合が段違いだな。くしゃみしたらお隣さんに怒鳴られそうだわ」
「王都は観光に仕事にと、人が集まる理由を上げればきりがない。面積に対しての人の人数は今も上がっているんだ。結果、住居の需要は増し、安かろう悪かろうという考えの住宅が乱立した。だからこそ、シンが言うような近隣トラブルが後を絶たないのは事実だな」
「だろう? アレだぜ、変な噂を流されて、自治会からハブられて陰口連打だぜ?」
シンはトラウマを思い出したのか、今日一番のしかめっ面を浮かべて、愚痴を零す。
「……ア、アクセサリオスは、他人との結びつきがとても強いんだな」
マリアは、顔を引きつらせながら不格好に笑う。
「王都はその真逆で、他人を気にする余裕がない人間が集まる場所。シンには、今のままの優しさを持っていて欲しいもの――なんだ?」
ドタドタと騒がしい足音が後方から聞こえてくる。
「おっとっ!?」
シンとマリアの間を裂くように、帽子を目深にかぶった男性が鞄を大事そうに抱えながら走り抜けていく。
あっけにとられるシンとは対照的に、マリアはこんな光景を何度も目撃しているため、何が起こっているのか瞬時に理解した。
マリアの足元、足首まで隠す白色のハイカットレザースニーカーの踵が地面から離れた時だ、
「泥棒ぉぉぉぉぉぉぉ」
「泥棒!? マジか――ってマリア!?」
気が付いた時には、マリアは既に走り出していた。
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