第16話

 辺りを埋め尽くす黒一色の世界。

「……真っ暗のトンネル」

「岩場と王都を繋ぐ専用通路、それがここだ。本来なら歩いて進むんだが、たまには滑り台も悪くないだろう。ほら、出口が見えたぞ」

 その奥に輝く白い点が、徐々に大きくなっていく。

「シン、飛ぶぞ!」

「おう!」

 暗闇の中、マリアが差し出した両手をとって勢いよく立ち上がると、光に包まれた。

「まぶっ!?」

 眩しさに眩み目を閉じるシン。

 辺りから、人の声が絶えず聞こえてくる。

「シン。もう大丈夫だ」

 マリアの合図で目を開けると、視界が一変していた。

「ここは病院か?」

 四方を囲む壁は、一切の汚れがない白で塗られており、白衣姿の人たちが慌ただしく駆け回っている。

 あっけに取られているシンは、マリアに視線で”ここはどこだ?”と問いかける。

 すると、マリアはイタズラが成功した子供の様にクスっと笑うと、

「ここは私たちの活動拠点の入口、検疫検査場さ――ようこそ、王都へ」

「王都……王都?」

 ここは、シンが知っている王都とはかけ離れた場所だった。


「ここが? ゼドの?」

「どうだ? なにも特別なことはないだろう?」

「あぁ。もっとこう、秘密基地的な感じを……ちょっとだけな?」

「ふふっ、私も最初はそう思っていたよ。さてと、検査を受けたら街を案内しよう」

 二人は白衣の職員に従い、身体検査などを受け終わる。

「マリアちゃん、お帰りなさい」

 すると、白衣姿の少女が声をかけてきた。

 ブルーベリーのような深い紫色のツインテール。赤い宝石のような髪留め。クリっとした琥珀色の大きな瞳。十歳前後の子供のような愛らしさを感じさせる。

「エマさん、お疲れ様です!」

 マリアは、腰を直角に曲げ、綺麗に頭を下げる。

「そんなにかしこまらなくてもいいのよ、まったく――あら、アナタがアクセサリオスの」

「は、はいっす。シンです」

「あら、元気いっぱいね。私はエマ。マリアちゃんの……お友達です」

 頭が四つ分は背が低く、一件子供のように見えるが、口調、オーラ、マリアの慌てようからただ者ではないとシンは感じた。

「シン、こちらのエマさんは王都建国から見守ってきたまさしく、生き字引なんだ」

 王都建設は、遡ること約千年。

 つまり、

「お嬢ちゃん、冗談が上手だね? そうだ、飴食べる?」

「わ~い! 食べる食べる!」

 子供の冗談。シンはそう判断し、エマを楽しませるべく餌付けをしていた。

 それを見たマリアは、恐怖で気を失いそうになっていた。バイク乗車時の時とは比べものにならない。

「シ、シ、シシシシシシシ、シン!? やめろやめろやめろ!?」

「うぉっ!?」

 マリアはシンを羽交い絞めにして、エマから勢いよく引きはがす。

「何すんだって!?」

「やめるんだ! 本当にやめてくれ!? 君の明るさが私を苦しめているんだ!」

「ちょちょちょ!? ホントなのか!? ――エマ……さんって」

 マリアが全身を強張らせていることから、シンは恐る恐る、エマに視線を向ける。

 シンの足元には、暗い笑顔を浮かべるエマ”さん”がいた。

「どちらがいい? エマさんか、エマちゃんか?」

 幼い子供から高齢の女性の声に変化した。

 シンはマリアが震えていた理由を理解した。この声を聞いたことがあるのなら、目の前の女性を子供のように扱うことなど不可能だ。

「んじゃ、エマちゃんでいいか?」

 シンは彼女のプレッシャーに襲われたが、それはそれとして考えていた。

「うん、了解!」

「エマちゃん。オレ腹減ったんだけどさ、いい店知らない?」

「それなら、マリアが知ってるよ。お金あげるからついでに観光しておいで」

 エマから手渡された財布を遠慮なく受け取るシン。

「……いいの?」

「応とも。あと、検査票も持ってなさい」

「エマちゃんありがとう。ほれ、マリア。行くぞ~」

「ありえない……ありえない……」

 放心状態となり動かないマリアを背負い、シンは検査場を後にした。

 二人の背中を見送ったエマは、端末を取り出すと、

「私だ。あぁ、そうだ、アクセサリオスの生き残りが来たぞ」

『――ちょっと待て!?。――はい、熱いんで気を付けてくれよ』

 端末からジュウジュウと何かが焼ける音がする。

『おっと悪い悪い、んで結果はどうだった? 二人は変な病気持ってきてないだろうな?』

 どうやら、相手は男性のようだ。成人男性特有の低い声が聞こえる。

「あぁ、それは問題ない。彼らは健康体そのものだよ」

『じゃあ、なんで連絡したんだ? ――いや、それ以上のなにかがあったってことか』

「くっくっく、成長しているようで私は嬉しいよ――見つかったんだ。彼は、新たな覚醒者だ」

『っ!? これで三人目か……どうする? ライアンの件もある、こちらで捕縛の準備も――』

「……マリアに任せてみたい。私たちが与えてあげられなかった少女としての日常を、あの青年となら取り戻せる。そんな気がするんだ」

『……身勝手なもんだな、オレたちは』

「あぁ……」

 手の中にある飴を見つめ、エマは寂しそうに笑った。

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