第15話
うねりの勢いが弱まった。これには発案者のシンもにっこりだ。
「アイツにも褒められたい時があんだよ。分かるわ~その気持ち」
「あり得ない……といいたいが、うねりを褒め殺すなど誰もしたことがないからな……いや、その考えがおかしいのだが――何はともあれ、あれだけ遅くなったのなら、王都までは持ちそうだ」
いつの間にかエンジンも調子を取り戻したようで、速度は緩やかに上昇を開始していた。全ての不運が消え去ったようだ。
ゴールが目前となりマリアも、シンも気を緩めてしまった。
「いやぁっほぉ~! 乗りこなせなかったけど、これで十分だろぉぉぉ!」
シンは喜びのあまり、暑苦しいヘルメットを勢いよく脱ぎ捨てた。
「シン!? 何て危ないことをしているんだ! 運転中にヘルメットを外すんじゃない!」
「そ、そんなに怒んなって……暑かっただけだって。ほら、解放感ってやつ?」
「やはりシンは考えが足りないところがある。今回は運がよかったが、命を落とす危険な場面は何度もあった。そもそも――」
マリアの小言が始まると察知したシン。肩越しのマリアの瞳が鋭く光っていた。
「大丈夫だって。やばくなったらマリアがいるだろ? 考えが足りないときは、マリアがまた止めてくれ。マリアがテンパりだしたらまた、小突いてやっからよ?」
シンはワザとらしく、指を立ててわき腹を突くジェスチャーをする。説教に対する意趣返しのつもりだろう。
「はぁ、常に私が隣にいられる訳ではない。そういうことをするのなら私がいる時に――ヘルメットはどうした?」
「おぉ? メットは――ないッ!?」
シンの右手は無をつかんでいた。つまるところ、何も掴んでいなかった。
その時、二人の脳裏にヘルメットの悲鳴が聞こえた。カラコロ、ボコボコッ!。そんな音が背後から聞こえたのだ。
「まさかっ!?」
「やばっ!?」
気づいた時にはもう遅い。シンの手から離れたヘルメットは、地面を弾み、うねりの中に消えていった。
するとどうだろう。褒められゆっくりと進行していたうねりの速度がまた上昇していくではないか。
まるで”さっきの言葉は嘘だったのか!?”と怒り狂っているようだ。先ほどよりも、進行スピードは速い。
「マリアッ!?」
「分かっている――振り落とされるなよ!!」
エンジンから悲鳴のような音が響き、速度はグングン上昇していく。流れる景色から残像が消え、また一色に塗りつぶされた。
それでも、うねりを突き放すことはできない。
「ヤバい!?」
「ちぃ!?」
うねりとの距離はあっという間になくなった。
とうとう、バイクのテールランプが黒い波に飲み込まれていく。
「マリアッ!?」
「あと少しだ! あの岩場が目的地だ!」
その距離は数百メートル。この速度ならば一分と掛からないだろう。
「ダメだ、間に合わないっ!?」
バイクがガタンと揺れる。後輪も飲み込まれていったようだ。
時間がない。
「一か八かだ! マリア、荷物もってオレに掴まれぇぇぇぇぇ!」
「――分かった」
マリアはバイクにつりつけられた荷物を外すと、後方に立つシンに抱きついた。
「――力を貸してくれ!」
シンがジャンプすると同時に、足元に小さな爆発が発生した。
「うぉぉぉっ!?」
シンは、爆風を背に受けながらもマリアをかばうように抱きかかえる。
「うぐぅ、着地は任せろ!」
マリアは、右腕に巻きつけられたペンダントを袖から覗かせると、眩い青い光を発生させる。
すると、空中のシンと目的地である岩場を繋ぐように、氷の滑り台が出現。
「なんだよこれ!?」
「これはそうだな……その指輪と同じものさ。まさかシンも持っていたとはな」
「いやぁ、勘でいけたわ。ありがとうな」
「命がいくつあっても足りなかったなっはっはっはは! ホント、バカみたいなことをしたものだ」
「いったろ? マリアが入れば大丈夫だって! オレらのコンビに敵なしだな」
「まったく、調子がいいな」
シンは腕の中にマリアを抱えながら、滑り台を滑っていく。
「どうすんだよ。うねりのせいで、地面に降りられないだろ?」
滑り台の下には、黒い海が広がっていた。
「問題ないさ。うねりは一定の地点以上には進行しない」
「あ、ほんとだ」
着地予定地点の手前で、うねりは進行を停止していた。
「というか、マリアも便利な力があるなら使ってくれてもよかっただろ?」
「すまないな。とある理由で、うねりと対面したら力は使えないんだ」
「そんじゃ、オレのはラッキーってことか?」
「だろうな。さあ、見えたぞ――王都への入口だ」
マリアは何もない荒野を指さす。
「……ん? どこにあんだよ?」
「直ぐにわかるさ」
滑り台はもうすぐ終着。岩場の影に差し掛かったころに、二人の姿はふわりと消える。
それと同時に、マリアが作り出した氷の滑り台も青い粒子になって空へ上った。
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