第14話

「なんだ、この会社は! なんでこのヘンテコ設計は! エンジニア出てこい!」

「荷物まとめて逃亡したってよ。ま、これから事故が連発するとなったらそれが正解かもな?」

「なにのんきなこと言ってるんだ! その事故の第一被害者になるんだぞ!」

 マリアが取り乱すのはここ数か月ぶりだった。

「その前に、うねりに飲まれんじゃね?」

「なに冷静になってるんだ! もっと慌てても――」

「落ち着けって。こういう時こそ冷静に……だ」

 すると、シンは解決策を思いついた。

「どうにかあれをぶっ壊すってのはどうだ? 試しに何か投げ込んでみるか?」

「……やってみるといいさ」

「んじゃ、ほいっと!」

 シンはポケットの中にあった、小石をうねりに投げこんだ。

 すると、うねりはその勢いを増した。まるで、小石をぶつけられ怒っているようだ。

「マリアマリア!? なんかめっちゃ早くなったんだけど!?」

「うねりには感情があるのか分からんが、刺激すれば勢いが激しくなるんだ」

「早く言えよ!? 止める方法はないのか!?」

 マリアは半ばやけくそ気味になっていた。彼女はとてつもなくストレス耐性が低いのだ。

「……古くは、独立大戦時に使われた封印の術ならばあるいは」

「それは!?」

「その使い手はもういないだろうな……」

「じゃあダメじゃん!?」

「そうだな。ダメだな! もうダメなんだ!!!」

 破れかぶれになったマリアは、アクセルを何度も力強く捻る。勿論、速度は上昇しない。

「サーフボードでもあればうねりを乗りこなせると思ったんだが……そうだ、バイクをボード代わりにしてみないか?」

「正気じゃないだろ!?」

 バイザー越しのマリアの瞳は虚ろで何も映っていなかった。

 情緒が不安定になったマリアは、心に浮かんだことをそのまま吐き出していく。

「あぁ、そうだ。お父様、お母様、申し訳ありません。私も、今すぐそちらに向かいます。ボスをはじめお世話になった方々。そして、シンも。すまない。死後の世界があるのなら――」

「マリア!? ちょっとマリア!? 諦めるの早すぎだろ! もっとなんか頑張ろうぜ!」

 この状況を乗り越えたいが、現実は厳しかった。エンジンから異音が聞こえ、速度低下が徐々に進む。このままでは、ブレーキランプにうねりが触れそうだ。

「すまない……私はダメな人間なんだ。君を助けにきたとかいってたが、本当は、そんなことなくてだな――」

「まだ諦めんなって!」

 マリアは心が折れてしまった。涙をポロポロと流し、ヘルメット内部を濡らしている。

「うぅ……うぅぅぅぁぁぁ」

「マリア!!!! 王都まであとどれくらいだ!?」

「……あ、あぁぁぁぁ」

 精神崩壊寸前のマリアの言語中枢は、碌に働いていないようだ。

 すると、シンはマリアのわき腹を何度も小ずく。

「あっひゃ! あっひゃあ!」

「マリア! 聞こえてんのかよ! マリアァァァ!」

「わかっ!? 聞こえてるっ――やめろぉぉぉ!」

 マリアの怒鳴り声でシンの攻撃は中断された。

「なんだ! こっちは運転してるんだぞ!」

「だからよ! どうにかする方法考えたんだよ!」

「どうにかって――何をだ?」

「何をって――うねりだよ!」

 シンは親指で後方を指さす。それは、背後から迫る黒い波を指しているようだ。

「何をバカなことを。アレは、人間がどうこうできる領域の物じゃない。竜巻や洪水のような災害なんだ」

「でもよ、感情あんだろあれ」

「いや、物を投げたら怒るというのは冗談半分の物でな? そんなことは――」

「いや、アイツには感情があるね、オレには分かる!」

 シンは腕を組んで偉そうに胸を張る。バイザー越しの表情は、荒い鼻息で白く隠れてしまったが、ドヤ顔を浮かべているであろうとマリアは読み取る。

「……あのな?」

「マリア。一緒にあの波、乗りこなそうぜ?」

 シンの言葉は、マリアの不安を簡単に吹き飛ばしてしまった。アクセルを握る右手からは震えが消えていた。

「……バカだな、シンは」

 シンの笑顔は、マリアの口角をゆっくりと持ち上げた。心は穏やかになり、思考もクリアになっていた。

「そうだな、このままうねりに飲まれるならば、行動を起こすべきだな」

「んだよ、硬く考えすぎなんだって。もっと気楽に行こうぜ」

「考えすぎないのも、どうかと思うがな ――さて、具体的にどう動くんだ?」

 マリアの問いを待ってましたと言わんばかりに、シンはビシッとうねりを指さす。

「アイツを褒めるぞぉぉぉ!」

「……何を言っている?」

「見てろよ――おーい、お前の黒色、カッコいいなぁぁぁ」

 シンの声が虚空に消える。うなりが進む地響きのような音しか聞こえない。

「シン……流石に……」

「マリアも褒めるんだ! 何でもいい、アイツを褒めるんだぁぁぁぁ!」

 乗り掛かった船という言葉もあるが、マリアが乗っているのは間違いなく泥船だろう。それでも、乗組員がバカみたいに前向きならば、向こう岸まで辿り着けそうな気がしてくるものだ。

「あぁ……うねりよ! そのだな……強そうだな! いや、強いだろ! お前は最強だな!」

 マリアのやけくそ気味の威勢のいい声が飛ぶ。

 シンは”最高の言葉だな”と満面の笑みを浮かべ、後に続く。

「そうだそうだ! なんで陸地で波が起こるんだよ! お前に地形は関係ないのか!」

 マリアとシンのやかましいコールはしばらく続く。

「神、お前は神だよ!」

「その波一体、何でできてんだい!」

「時速何キロ出てるんだ! お前は、人類超えてるぞ!」

「人間以上、バイク未満!」

「それになんだ、お前は何者だ! まるで分からんぞ!」

「いよぉ! 正体不明の神話級生物!」

 マリアの後にシンが続く。そんなこんなを繰り返し、ダメもとで後ろを振り返る。

「なっ!?」

 マリアは驚き声を上げた。

 なんと、うねりの勢いが弱まっていたのだ。

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