第12話
シンが目覚めたのは翌朝のこと。曇天が太陽光を遮り、早朝とは思えない暗さだった。
「……いっってぇ」
「おや、目が覚めたようだな。おはよう」
「あ、あぁ……おはよう、ございます?」
シンは寝袋から這い出ると、怪訝な表情を浮かべた。起き抜けに、知らない女性が目の前でコーヒーを飲んでいる状況が理解できないのだろう。
「あのぉ……あれ? なんで寝袋が――ってそうだ!? ソルは!?」
ソルとの戦いを思い出したのか、大声を出し辺りを見回す。街は以前、宝石となったまま。朝になり可視性が上がったことで、その様子が鮮明に分かる。全ての物が宝石にコーティングされたようだ。道路、家、街灯、人間も例外ではない。
「本当に……」
”昨日のことは夢だった”なんて、都合のいい現実はなかった。
呆然とするシンに、マリアは優しく声をかけ気を落ち着かせようとする。
「落ち着くといい。君を害する人間はここにはいない。私は、ここを元に戻すための調査に来たんだ」
マリアの意図とは違うが、シンの全身に気力がたぎる。
「ホントか!? 本当にみんなが戻るのか!? お願いだ――」
「ちょ、ちょっと!? 落ち着いてくれ!」
シンは、マリアの細い肩を強くつかみ、顔をグイっと近づける。
「どうやって!? いつ!? オレにできることがあるなら――」
マリアの肩を揺さぶり続け、話を聞くそぶりはない。焦りに支配されたこの男を元に戻すべく、マリアは両手を広げ、シンの頬をぺしっと挟む。
「落ち着け!」
「ぎゃふっ!?」
シンの顔は不細工に歪む。頬を両手で挟まれたことで、焦りは吹き飛んだ。
マリアは揺れる瞳を真っすぐに覗き込む。
「大丈夫だから落ち着いてくれ。そうだな……まずはアナタの名前を教えてくれないか?」
「あ、あの……シンです」
「シンか、真っすぐな君によく似合っている。私はマリア。アナタの味方だ」
マリアは、自分のバイクから荷物を取り出しメモの用意をする。
「私たちは、この街を元に戻すために協力することを誓おう。だから、知っていることを教えてくれないか?」
「あぁ」
シンは昨日出会ったソルとオクタビアについて、それから街が宝石化した経緯を説明した。
「――なるほど。異形種の二人組がこの現象を……ありがとう。彼らの犯行だと分かるだけで、事態はかなり進展するだろう」
マリアは、説明を聞きながらもシンが自責の念に駆られていることに気が付いていた。寝袋の上に座り、椅子に座るマリアを見上げる目が、怒られるのを恐れている子供のようだったからだ。
「シン。よければ、上層の都市コーパに行かないか? そこには私たちの仲間がいる。アクセサリオスは一般人の立ち入りが禁止されるだろし、そこなら衣食住の心配はない」
「この後か……」
シンは、背後の空に浮かぶ円盤状の物体に視線を向ける。それこそ、マリアが言っていた上層の都市コーパだ。都市は、天柱と呼ばれる巨大な支柱により空中に存在している。
「なぁ、マリアさん。アンタたちは何者なんだ?」
「マリアでいいさ、歳もそう変わらないだろうしな。私は王都にある騎士団に所属している。今は、ここのように彼らの起こした事件の調査と被害にあった人たちの手助けをしているんだ」
シンは、マリアの言葉から思いやりと優しさを感じ、心がギュッと締め付けられた。
(この人は……スゴイな。誰かを助ける。オレは……出来なかった)
過去に起こした過ちが、シンを憧れから遠ざけていた。マリアという憧れの体現者の出現は、己の焦燥感と自己嫌悪感を増していく。勿論、これは彼女の意図したことではない。
(やはり、君は……あの時の私と同じなのか。ならば――)
マリアは、そんなシンの気持ちが手に取るように理解できた。
「シン。君さえよければ、私たちと一緒に来てみないか?」
「……オレが王都に?」
シンがハッと顔を上げる。
「あぁ! 君さえよければ、王都で私たちの手伝いをしてくれないか? 君が持っている情報は有力だし、他にも気が付くことはあるだろう」
「……いや、オレは何もできないさ」
「それなら朗報だ。私たちは弱小組織、正直、猫の手も借りてるほどなんだ。何もできないという君にこそ、出来ることは必ずある。どうだ?」
「……オレはなにやっても裏目に出るし、正直、特技なんてものもない。……けど、マリアみたいに、誰かの助けになりたい。迷惑かけたオレのせいだから、だから! 街のみんなを……元に戻したい」
「ああ! その真っすぐな心こそ、君の長所さ。その熱意、私に伝わったよ」
シンの力強い言葉に、マリアは優しく微笑む。
「それでは、行こうじゃないか」
シンにヘルメットを放り投げると、マリアはバイクにまたがった。
「王都まで長旅になるけど――」
「大丈夫、バイクは慣れてる」
「それは心強いな」
シンは、宝石になった街を元に戻すべく、王都を目指して旅立っていく。
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