第10話

「シン! 僕だよ! ソルだよ!? なんでそんな奴に身体を貸してるのさ!? そのままじゃ――死んじゃうよ!?」

「あぁぁ……あぁぁぁぁ……」

 シンはうめき声を発し、背中を丸める。すると左右の肩甲骨から炎が噴出する。月を覆い隠すほどに真っすぐに伸び、ある程度の長さになると重力に耐えられなくなったのか先端から地面に落ちた。背中から天へ、そして地面へと伸び弧を描く業火は翼に成った。

 不格好で力を誇示するような巨大な翼は、ソルとアクセサリウスを隔てる壁のようだった。

「ッ……君は守ろうというのかい。そのために……そこまで力を使うというのかい!?」

 ソルもまた、動揺が勝ったのか致命的な隙を見せた。戦場で言葉を交わすことは、死を意味するのだ。

「っ!? ――そ、そんな……」

 翼は長く鋭い炎槍へと姿を変え、ソルの腹を貫いた。オクタビアが見せた攻撃に似ているが、速度も威力も段違いだ。

「ぐぼぁっ……」

 大量の血液が逆流し、ソルの小さな口から溢れだす。異形と呼ばれているが、血の色は人間と同じ赤色だ。

 化け物が化け物たる所以は、同じ血の通った生物を何の躊躇もなく殺せることにある。シンを操るフェニックスは一度の攻撃では不十分だと判断したのか、翼を引き戻すと、両翼を駆使して同様の刺突を何十回と繰り返す。

「舐めるなぁぁッ!!」

 勿論、ソルはただでやられるつもりはない。両拳に黒い靄のようなものを纏い、刺突を弾き返していく。

 激しさを増す攻防。徐々にシンに軍配が上がり始めたが、ソルを援護すべく黒い翼の刺突の雨が紅蓮の槍雨を迎撃する。

「私を!! あの頃の私だと思わないで!! 借り物の身体を使って勝てるとでも思ってるの!!!」

 全身から血を流し、怒りを露わにするオクタビアの参戦により均衡した衝突が続く。

 必殺の一撃がぶつかり合うたったの数十秒。まるで一時間もの時間が流れたと錯覚するほどの濃密な時間だった。

「あぁぁ……」

 これ以上は無駄だと判断したのか、フェニックスの攻撃が止んだ。

「はぁ……はぁ、はぁ……」

「これ以上は……ちょっと、きびしいんだけど」

 互いに距離を保ち、出方を伺う膠着状態に入る。肩を激しく上下させ、荒い呼吸を整える異形の二人。対峙するのは、傷一つ、呼吸一つ乱していない燃える身体を自在に操る化け物。

「ソル、ここが引き時よ。流石にシン君があれじゃ、連れていけないわ」

 オクタビアは、戦況を冷静に分析し撤退を選択した。

「……だけど――シンの身体が!?」

「安心しなさい。あの時の……昔の、馬鹿みたいな性格のままなら、借り物は大事にする筈よ。……あの時のままならね」 

 二人はフェニックスの動きを警戒しながら後ずさる様に距離を取る。彼らを追うつもりはないのか両手をだらりと下げ、巨大な翼を閉じていく。

「……シン」

 後ろ髪引かれるソルは、後悔を吐き出すように声を張り上げた。

「シン! 君が、決断をする時を待ってるから! その時は……そんなまがいじゃなくて、君自身の力で答えを見せてよ!!! 絶対だよ!!!」

 夢、幻のようにふわりと消えた二人。

 そして、糸が切れたように倒れたシン。

 月に照らされた輝く街に残された青年は、取り戻せない明るい日常を夢見て眠る。

 傍らに佇む聖獣は、”夢の中では幸せでありますように”と祈るのだった。

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