第9話
「ねぇ、オクタビア……これってさ……」
ソルの目の前には、地上から延びる巨大な炎の柱が出現していた。
赤い輝きを放ったと思ったら、シンは飲み込まれてしまったのだ。
「えぇ……間違いない。私は他に知らないもの――こんな威圧感のある生物は」
揺らめく炎の内側にふわりと現れたシルエット。成人男性ほどに大きな両翼、猛禽類を思わせる鋭い嘴、一メートルにも及ぶ長い飾り羽。
「本当にシンを守っていたんだ。あの指輪は本物で、シンはゼドに選ばれていた……」
「ゼドの従者、指先に宿る聖なる炎――」
柱の中の存在は、両翼を勢いよく羽ばたかせた。凄まじい暴風は、自身を包む炎柱を紙のように吹き飛ばし、衝撃は高温を伴い都市全体に走っていく。
宝石となった街は熱に耐性があったようだ。しかし、ソルとオクタビアにとっては必殺の一撃となりえた。
「ソルっ!? 踏ん張りなさい!?」
「ちょっと待ってよぉぉぉ!?」
両手から黒い霧を発したかと思うと、熱風を防ぐための巨大な壁を目の前に展開する。
それにより熱風の直撃を免れたが、衝撃までは防げなかった。二人で身を寄せ、互いを支え合い嵐の経過を耐え抜くしかない。
「はぁ……はぁ、だから言ったじゃない。シン君のファンに殺されるって……」
オクタビアは、額に汗を浮かべ肩で息をしている。今までの余裕を感じさせる笑みは消え失せていた。
「あれはファンじゃないでしょ……フェニックス。ただの化け物だよ」
作り出した壁は、炭化し風に流れていく。
ただ羽で空気を打っただけでこの被害だ。それだけに、姿を現した彼の存在に最大限の注意を向けている。
『アナタはまだ……そのままでいいのです。選択の時はまだ先』。
フェニックスが体内に宿す高密度エネルギーは、体表全てを赤く染め火花として発散されている。バチバチと火の粉を散らしながら、ゆっくりと地上へ降りていく。
「……何をしているの……アナタは――」
オクタビアは、彼の存在がシンを目指して下降していることに気が付いた。
「やめなさい――アナタは、そんなバカなことをする筈が……」
誰もフェニックスを止められない。言葉による彼女の制止は意味をなさず、うずくまるシンの背中にするりと入り込んでいった。
「あり得ない……その子を殺すなんて――」
フェニックスのような存在を人間が許容できるわけがない。オクタビアはそのような蛮行を受け入れられず、意識を逸らしてしまった。
「オクタビア――逃げろぉぉぉぉ!!!!」
ここは戦場。放心する暇などない。
「なっ!?」
オクタビアの視界を埋め尽くす紅蓮の炎。いつの間にか、シンは目の前に移動し、燃える拳を放っていたのだ。
(速さがどうこうの次元じゃない……これは、アイツの――空を駆け抜ける力を!?)
オクタビアはまともに動けない。揺らめく業火の奥から覗くシンの瞳は鷹の目に変化していた。
(シン君を乗っ取ったとでも!?)
シンを通して放たれるフェニックスの威圧感がオクタビアの全身を硬直させた。
「がはっ!?」
無防備な身体に突き刺さる業火の拳は、片翼の美女の姿を掻き消す。
先ほどまでは強者として立っていたオクタビアは、超高速で弾みながらアクセサリウスを横断していく。たったの二秒でその姿が見えなくなった。
「……あぁぁ……」
一秒未満の速さで空を駆け、オクタビアを殴り飛ばしたシン。重力を無視するように、ふわりと着地すると次の獲物であるソルへ、鷹の目を向ける。
「っ!?」
ソルは改めて、シンに起こった異常を確認した。
体の輪郭は炎となり不規則に形を変え、赤く染まる瞳は猛禽類の如く、拳は常に燃え続け、喉から発するのはうめき声だけ。
異形と呼ばれる自分たちよりも、よほどの異形がそこにいた。
「シン……」
ソルの声は届かない。
フェニックスという超常の存在が、シンの意識を無理矢理奪い取ったためだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます