第7話

 静まり返った鉱山内機械室。

 そこにはソルの姿はない。居るのは、地面に仰向けに倒れているシンだけだ。

 更に変化はもう一つ。

 赤く小さな火の粉がこの部屋全体に降り注いでいた。シンが額に浮かべる汗は、これが原因のようだ。

「……あつ、あつ……あぁぁぁ、あついなぁ!」

 シンは、耐えきれない暑さに意識を取り戻した。額に浮かぶ汗を弾けさせながら勢いよく上体を起こす。

「あぁっつぅ……」

 胡坐をかきながら腕をゆっくりと回したところで、シンの意識が完全に覚醒した。

「そうだ!? ソルはどうした!? どこにいんだ!?」

 辺りを見回しても機械しかない。

 シンは、意識を手放す前におぼろげながら聞いたソルの言葉を思い出した。

「……そういや、ごめんって言ってたな。ってことは、探し物見つけたのか? う~ん……うん?」

 考え込んでいると、背中をツンツンと突かれた。

「キュルルル……キィッ!」

「お?」

 シンの後方には、火の粉をまき散らしている赤い鳥がいた。猛禽類のように鋭い顔つき、反物のような美しく長い飾り羽を地面に広げ、両翼を伸ばせばシンの上半身を包めそうだ。

 空飛ぶ都市に人が住み、角の生えた種族がいるこの世界でも、目の前の存在は異常だった。それもそのはず、この存在は誰もが知っているであろう”ゼドの物語 “に登場する聖獣フェニックスの特徴をそのまま持っている。所謂、伝説の生き物というものだ。

「お?」

「キュル!」

 “フェニックスは存在したのか!?”。

 ”ス、スゴイ大発見だ!!! これはいち早く学会に報告しないと!!”。などなど、リアクションはせず、至って冷静だった。

「へぇ……さっきの暑さってお前か? 燃えてるし?」

 フェニックス自身も、シンのリアクションがないことはどうでもいいらしくコクリと頷く。

「おぉ、頭いいんだな。こんにちは」

「キィィィ」

 甲高い声で挨拶を返す。

 フェニックスの黄色の瞳にシンの黒の瞳が映る。

 互いにゆっくりと頷き合い、お互いを対等な相手として認め合った。

「あのさあのさ? なんでソルがいなくなったか分かるか?」

「……キュルルル」

 彼の存在は弱弱しく鳴き、かぶりを振る。どうやら知らないようだ。

 出会って数秒、シンはまるで十年来の友人のように燃える鳥と会話する。

「そっかぁ、またオレが何か言っちまったのかなぁ? 聞いてくれよ、オレさ? 空気読めないっつーか、迷惑かけちゃうんだよいっつも……はぁ……」

 自己嫌悪に陥るシンの背中をポンポンと優しくさする。翼を器用に使う様子は、人間同士の慰め合いのようだ。

「キィィィ、キィ」

「お前……優しすぎだろ――ぐすんっ」

 シンは久しぶりの他人?からの優しさに涙ぐむ。

 すると、美しさに加え優しさまでも持つフェニックスはシンの目の前をペタペタと歩き、両翼を広げ扉の向こうを指す。

「この先に行けって?」

 フェニックスは頷くと、マグマを内包しているかのごとく彩られる灼熱の翼で空気を一度叩きつけると、ふわりと消えてしまった。

 後に残る赤い粒子は数秒後に、空気中に溶けて消えた。

「えっ……消えた!? ってか、鳥が燃えてた!? あれじゃん、フェニックスじゃん!? なんでだよ!?」

 シンは、伝説上の生き物との対面に今更ながら驚いた。


「いやぁ、フェニックスに会えるとは。今日は何かある日だな。後で、ソルに教えてやろう」

 フェニックスはシンも知っている存在であり、出会えることは幸運以外の何物でもない。

 そんなことを思いながら、ソルの捜索をすべく扉に手をかけた。

「ん?」

 ここで違和感があった。

 扉が動かないのだ。押しても引いてもビクともしない。 

「マジで!? マジでかよ!?」

 久しぶりの殴って、蹴っての暴力を行使し、なんとか扉に穴をあけた。

 穴の外は、鉱山のあちこちに繋がる通路になっているはずだったが、

「……ここ、どこだ?」

 辺りは真っ暗であり、ぼんやりとシルエットが見える程度だ。

「ん? なんか滑るな……うおっ!?」 

 一歩進んだ瞬間、シンは足を滑らせ腰から落ちた。

「あだだだだだだっ!? かったぁ――ぃいいぃ!?」

 足元は見えないが、どうやら、今は地面ではなく硬い何かの上にいるようだ。

 ツンと全身を貫く痛みが抜けるまで、シンはもがき苦しむ。そうしていると、この場所が鉱石に似ている物で出来ていることが分かった。肌に触れる冷たさと感触が仕事で触れあってきたジルコニウム鉱石にそっくりだったのだ。

「あぁぁぁいてぇ……」

 痛みから立ち直ったシンは、指輪に炎を灯す。

 炎に照らされた壁、天上、足元の全てが透明なガラスのような物に覆われていた。

「ガラスか……いや、凍ってる? わっかんねぇ、どこだぁ?」

 何度か足踏みをするが、表面は摩擦が少なくツルツルと滑る。硬度が高いようで、足を振り下ろす力がそのまま反射されているように感じた。

「……どこかに移動した? ガラスの城? 鉱物の迷宮?」

 シンは、とりあえずここを出ようと闇雲に歩き出す。

 すると、不思議なことに迷うことなく外に出ることができた。それもそのはず、この場所はシンがよく知っている場所だったからだ。

「あの通路、掃除用具入れ、出口。間違いねぇけど……」

 シンは”もしや”と疑惑を持っていたが、外の光景を見て確信に変わった。

「……ここは――アクセサリウスの鉱山だ」

 アクセサリウスは、木と石でできた建物が並ぶ温かみを感じる街。その筈なのに、全てが無機質で冷たさを感じる鉱物に覆われていた。

 空に浮かぶ黄色い月が照らす街は、宝石の街と呼んでも差支えないほどに、美しく幻想的な光景になっていた。

「……んだよこれ」

 街灯、運搬ロボは勿論、出歩いている人間までもそのままの状態で覆われている。まるで時が止まったかのようだ。

「……おいおい、マジか……ってことは」

 シンは、周囲の光景に目もくれず一目散に走り出す。

「ふざけんなよ……マジかよ、あり得ねぇって……」

 足を滑らせ転ぼうが、打撲しようがお構いなしに走り出す。

(父さん、母さん、姉ちゃん……)

 家族の無事を祈りながら、シンは必死の形相を浮かべる。

 すると、自宅と炭鉱を結ぶ直線道路の中心に人影が二つあった。

 喪服のような全身黒のスーツに身を包む人影だ。そのうちの一つは、シンもよく知っている頭部に小さな角を持つ人物だった。

「――ソル」

「やぁ、目が覚めちゃったんだね――シン」

 ぐちゃぐちゃになったシンの思考は、一瞬で吹き飛んだ。

 ソルが浮かべる笑み、雰囲気が記憶の中にあるソルと違いすぎていたからだ。

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