第6話
ソルの探し物を捜索するため、二人は鉱山内を駆け回っていた。
「シン……こっちはダメみたい」
ソルは曲がり角から、顔をのぞかせジェスチャーを交えた合図を送る。
「んじゃ、こっちだ」
声を潜ませ、足跡を立てないように中腰になりながら、人がいない方向へと逃走していく。
時に、クモのように天井に張り付き。
時に、掃除用具入れの中に隠れ。
時に、置物になりきり大人たちを掻い潜る。
綱渡りのようなギリギリの逃走劇を繰り広げている二人だが、ソルの探し物は一向に見つからない。
全力疾走で炭鉱を駆け回ること数十分、体力は平均以上にあると自負しているシンでも、肩で息するほど疲れてしまった。
「はぁはぁ、ソル、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。なんか殺すって言ってるね」
子供ながらに体力はあるようで、ソルは息切れ一つしていない。
「……マジで?」
「マジで、マジで」
シンは目を丸くして驚く。職場の上司たちから命を狙われるなどと思ってもみなかったのだ。
「そうだよね……僕のせいで……迷惑、だよね……」
ソルの表情が曇ったことを察したシンは、
「ま、まあ! オ、オレらが探し物を見つけるのが先か、見つかるのが先かって感じだな? うんうん、楽勝だな」
チラリとソルの表情をうかがう。
「うんうん、流石だよ! シンってかっこいいね!」
目をキラキラとさせて、自信満々に振る舞うシンに心酔しているようだ
「ふぅ……だろだろ? なんていうか、人生経験っていうのが――」
「あれ? ――なにか音しなかった?」
「音……って追手か!?」
ソルを慌てて抱え、背後にあった部屋に飛び込んだ。焦りながらも音を立てずに、ゆっくりと扉を閉める。
「……ごくりんこッ」
二人は生唾を飲みながら扉に張り付き、向こうから聞こえる足音を聞き逃さまいとしていた。
そして、怒声と足音が消えていった。
張り詰めていた緊張感が、一気に溶けていく。
「ふぅ……いったか。教えてくれてありがとな」
「……本当によかったの?」
「なにがだよ?」
「僕を助けてくれたことさ。もしかしたら、大人たちが言うように悪いことするかも知れないよ?」
シンは口をぎゅっと結び、眉間にしわを寄せた。顔をしわくちゃにしながらうんうんと唸っている。
「うぬぬ……う〜ん……あれだな。実はよ、深く考えてなくてな? へへへ……どうしよ? 悪さしないで?」
「まったく。シン……いつか大変な目に合っちゃうよ?」
「まぁ、その時はその時で」
子供を諫める母親のような、親愛が込められた嵌め息をつく。ソルはそのままゆっくりと立ち上がると、改めてこの部屋を見渡した。
「この機械はなんなの?」
この部屋には、シンくらいの高さの機械が六つ、二行三列で並んでいる。全てに車輪が付けられており、移動前提の造りをしている。
「これは調査と発掘する機械だな」
むき出しの赤茶色の地面に差し込む棒は、地質の情報を集めている。備え付けられたモニターに浮かぶ文字の羅列は、結果を表示しているようだ。
「調査? 何のために?」
「これは、炭鉱から効率的にジルコニウムって鉱石を探すために必要なんだ。闇雲に掘るより、ある程度の場所を限定できたほうが効率いいだろ? ――ほれ、丁度動き出すぞ」
並んでいるうちの一つの機械が緑色のライトを点灯させた。すると、地面に刺さっていた先端の棒がドリルに切り替わる。モーター音を響かせながら地面をドンドン掘り進めていく。
「……ドリルを……なるほどね。……シンはここでどんな仕事してるの?」
「オレか? オレはだな――」
シンの言葉を遮る様に、地面を掘っていた機械からアラームが鳴る。
「おっ、丁度いいや」
シンは、先ほどの機械に近づくとボタンを押してアラートを停止。右手をドリルが刺さった地面に近づける。
すると、シンが右手の人差し指に装着している指輪からろうそくのような小さな炎が灯る。
「っ!?」
ソルの驚愕をよそに、炎は地面に吸い込まれていった。
「なにそれ!? ねぇ、シン! その指輪って――」
「これか? 昔に貰ったんだよなぁ。あ、これ一個しかないから悪いな?」
飾り気のないシルバーリングに親指の爪ほどの大きさの長方形で薄く赤い宝石が乗っている。宝石としての金銭的価値は低そうだが、ソルは驚くほどに興味を持ったようだ。
「欲しいんじゃなくて!? その炎ってなに!?」
「これか? なんかな、地面が硬くて掘れない場所があっちこっちにあんだよ」
シンは、ドリルが開けた穴付近の土を指で押す。爪の先までしか沈み込まない。
「だけど、この炎を近づけると……ほら」
シンの指が完全に埋まるほど指が沈み込んだ。地面全体が豆腐のように柔らかくなっている。
「めちゃくちゃ柔らかくなんだよ。仕組みは分からねえけど、こうやって、作業効率を上げるのがオレの仕事。掘削状況は、逐次本部に送られるから監視もいらない。ハイテクだな~」
シンは自慢気に笑っている。
対するソルは険しい表情を浮かべていた。
「やっぱり――あの炎は。ゼドの――シンが――」
「大丈夫か? あ、やっぱり、子供にはここ辛いよな?」
シンは、ソルが暗く狭い場所が苦手だと思ったようだ。心配そうに顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫だよ! それより、また足音が近づいてるみたい!」
耳をすませば、ドタドタと騒がしい足音がいくつか聞こえる。
「なんで戻ってきたんだよ……バレるようなことは――あ」
シンは、その原因を瞬時に理解し、口をあんぐり開けた。
「あぁぁあぁぁぁ!!! アラート直しちまったからか!?」
「シンがボタンで止めたやつだね?」
「あわわわわわ!!」
慌てふためくシンとは対照的に、ソルは子供のような体躯に似つかわしくない、酷く大人びた雰囲気で落ち着いていた。
「しょうがないか。シン、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
「あわわ――ん?」
シンはソルが只ならぬ雰囲気であることに気が付いた。
「僕はさ、危険を承知で敵陣に乗り込むくらいには家族が好きなんだ。シンはどうだい?」
「こんなときにか!? 早く逃げないといけないんだって!?」
「大丈夫、僕には秘策があるから。それで、シンは家族は好きかな?」
「家族? あ、あぁ。好きだぜ? オレがここで働いてんのも、みんなに恩返ししたいからだしな?」
ソルの真意を理解できないまま、シンは答える。
「うん、いいね。ならさ? 家族がひどい目にあったら嫌だよね?」
「おい、ソル!? 早く逃げようぜ!」
シンは、会話に夢中のソルの腕をとった。
その時、気が付いた。
「――っ!?」
ソルがビクとも動かない。さっきまでは子供のように軽かった。なのに、今は石像のような重さだ。
「だから、シンは分かるよね? 家族が酷い目にあわされたら、仕返ししなくちゃね?」
「さっきから何を言って――うっ!?」
シンの全身に衝撃が駆け巡る。
視界は白く染まり、力が抜けていく。立っていることはできなくなり、重力に従い膝から崩れた。
意識を手放そうとしているシンを優しく両腕で抱え込むソル。
「ごめんね。君だけは……その指輪を持つ優しい君だけは……このまま眠っていてくれ」
ソルの優しい笑顔は、記憶の中に鮮明に刻まれている不思議な少女と酷似していた。
(だれ、なんだ……あんたは……)
シンは意識を手放した。
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