第5話
「うっりゃ!」
――バキッ、ボキッ、ボゴッ。
何度も聞こえる鈍い打撃音。
「うっ!? いぃぃぃッ!? ややぁああぁぁっ!!!!!」
「へっへへ……」
大人数人が、熱せられた鉄鋼を伸ばすように異形の子供を叩き続ける。
「頑丈だなぁ」
「お前らが何をしてきたか忘れたかぁぁぁぁ!!」
「死ね、異形がぁぁぁ!」
異形とは、人間とは似た種族の蔑称だ。角や翼など独自の部位を持つ。肌は白い。瞳は赤い。身体は少しだけ頑丈。違いはそれだけ、心は同じだ。
いくら叩かれても痛みは僅かだが、悔しさ、悲しさは感じる。それをこの場にいる大人は理解していない。
誰も地面を濡らす子供の涙を見ようとはしていない。
「……やめてよぉ……やめてよぉ……」
”やめてくれないんだろう”。
そんな諦めは、裏道を駆け抜けるエンジン音で掻き消えた。
「アンタら何やってんだ!!」
大人たちを飛び越えて、黒い原付が現れた。
シンだ。
尻を振るように車体を旋回させ、甲高い音と共に急停止した。
「アンタら、子供虐めてんじゃねぇよ!」
「なんだ、お前は……」
この集団のリーダーともいうべき中年男が問いかける。すると、遠巻きに見ていた狐顔の女性がシンを指さし騒ぎ立てる。
「コイツ、アレだよ!? あの美人の……アリシアちゃんの! ほら、西区のミーちゃんの同級生の!」
「……あぁ、ウーゴのせがれか。随分とデカくなったもんだ」
アクセサリウスは、他の都市に比べると人口は少ない。その為、暮している人間同士の繋がりはとても強い。
「おい、ウーゴのせがれ。そいつを渡せ。そいつは角持ち、異形だ」
「襲うかもってんだろ!? だからってよ――」
「そいつらは、オレたちをこんな場所に閉じ込めた奴らだ。罪は消えない。例え何年、何十年経ってもだ」
「だからって――」
「ガキの頃はよ、ウーゴとよく遊んだもんだ。お前の母ちゃんともだ。言いたいこと分かるな? また、アイツらに迷惑かけんのか?」
「そんなこと――」
「この田舎でハブられんのは辛いだろうな? 昔ならまだしも、今じゃ身体も弱ってきたしな? 使う店もあの近辺くらいだろ?」
数年前、シンの家族はアクセサリウスから無視されていた。どこにいっても物は買えない。昨日まで仲良かった人が無視をする。姉とシンは学校、母は近所、父は仕事場でそれぞれの日常が壊されたのだ。
葛藤は勿論ある。新たな迷いも生まれた。それでも、シンは目の前の子供を放っておけなかった。
シンは、バイクを降りると異形の子供に応急処置を施していく。
「なぁ、名前はなんて言うんだ?」
「僕は、ソル……」
「ソル、なんでここに来たんだ? 危ないってお父さん、お母さんから聞いてなかったのか?」
「分かってたよ。でも、僕はあそこに行かなきゃダメなんだ」
ソルは街の中心、巨大な炭鉱となっている山を指さす。
「そっか、そっか。オレもよ、これからあそこに行くんだわ。どうだ? ドライブすっか?」
「いいの!?」
二人の様子を黙ってみていた男性は、シンに問いかける。
「バカな真似はよせ。そいつはガキみたいな姿をしてるが化け物だぞ? なにかあったら責任取れんのか?」
「ソルが何をしたんだ。 この子はアンタらを怪我させたのか? アンタらがこの子を怪我させたんだろ? これじゃぁ、どっちが化け物だよ……」
シンの言葉は、大人たちが持っていた僅かな罪悪感を一気に肥大化させた。
「いいのか? お前の家族が――」
「あ! 化け物の王様だ!」
シンが脅しを遮り、空を指さした。全員がバカみたいに上を見た。
その隙に、
「いくぞ、ソル!」
「うん!」
シンはソルを後ろに乗せて逃走を開始。シンの背中にしがみつくソルは、いつの間にか黒いヘルメットを被っていた。
「そんなの持ってたのか?」
「さっき、僕が作ったんだよ、上手い?」
「あぁ、かっこいいぜ」
勢いよく飛び出したバイクは、大通りに出ると炭鉱の方向に消えていく。
この間たったの数秒。全員が呆然としていた。
「ちょっとアンタ!? なに黙ってんだい!? 早く特警呼ばないと!」
「はぁ……分かってる。まさか大人になっても、バカなことをするとはな」
「どうします? またウーゴさん家をハブリますか? 手回ししますけど?」
「いや、流石に大人の責任を家族がとることはないだろう。取るのはあのガキだ。例え、明確に選んでいなくてもだ。幸い、グレーのつなぎは四番勤務、知り合いに手を回してもらう」
男性は四角い端末を操作し、
「オレだ。朝早くからすまない。――あぁ、機械は問題ないか? そりゃよかった。それで要件だが、ウーゴのせがれがそっちで働いてるそうだな? そうだ。そいつが異形のガキを連れてそっちに向かってる」
男性の視線は鉱山へ。
「あぁ、異形は見つけ次第殺してくれ。大丈夫だ、警察には伝手がある――最悪、ウーゴのせがれも巻き込んでもいい」
してやったりと笑顔を浮かべるシンたちの背後には、ゆっくりと死が迫っていた。
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