第6話

~6年前~


 元社会人チームに所属していた父さんの影響で幼い頃からプロを目指している俺は四年生に進級した春、リトルリーグの【宝生ほうしょうリヴァイアサン】にピッチャー志望で入団した。


 入団する前から父さんに付き合って貰いながら自主練をしていた事もあってそこそこの球は投げられるが、あくまで一般的な小学生としてであり、七人いる投手陣の中では六番手(うち同学年は一人で、仲良く? 逆ワン・ツー)。四年生下っ端とはいえ、上を目指す俺としては伸び悩む自分自身が許せなかった。


 公式の大会までにはせめて控えとしてベンチに入りたい。

 

 そんな俺に思いがけない転機が訪れる――


「特別ОB野球講習?」

「そう! 僕たちの先輩が一日だけコーチとして見てくれる二ヵ月に一度の特別な練習だよっ!」

「あぁ……」


 そういえば昔父さんが二、三回教えに行ったと言っていたような……。

 それにしても何でこいつはこんな興奮気味なんだ?

 先輩といえど若くても暇な高校、大学生がくせいで、ほとんどおっさんだろうに……。


「あれ? 萌條くんは楽しみじゃないの?」

「ん~? むしろお前が興奮していることに若干引いてる」


 目の前にいるこいつは俺と同じピッチャーの久東くとう。生真面目で入団理由は確か体を鍛えるためだったか。それだったら柔道か空手の方がよかったのではと個人的に思うけれど、それは本人の自由なので何も言わない――ちなみに七番手ビリ

 それはともかく、こいつがここまで興奮する理由ってなんだ?

 思えば周りのチームメイトも全員妙に浮き足立っているような……。


「だからっ! プロの狩野埼かのざき選手が来てくれるんだよっ!!」

「へぇ……って、プロ選手だと!?」

「そうなんだよっ!!」

「そうかっ! で、かの何とかって誰だ?」


 ズシャァッ!


 俺の言葉で比喩でなく本当にズッコケた久東。


「大丈夫か?」

「いやいやいや、なんでプロを目指してる君が狩野埼選手を知らないのっ!?」

「ん? こそこそと偵察するみたいで野球中継とか観たことがない。当然プロ野球チームの球団は全部知らない」

「はいっ!? それでなんでプロを目指してるの??」


 何でプロを目指してるかって? 決まっている――


「俺の投球でプロの強打者スラッガーたちを打ち取りたいから!」


「「「「「解るような気もしなくもないけどお前はズレているっ!!」」」」」


 聞いていたらしい周りのチームメイトたちから意味不明な総ツッコミを受けた……なぜ?



 コント染みた一幕を経て迎えた特別ОB講習。


 いつもの監督、コーチ陣とは別にユニフォームを着た大人が三人立っている。

 右と真ん中の人も普通の人と較べればそれなりに筋肉質で体格もしっかりしているから元スポーツマンって印象はあるけれど……、


「おおっ本物の狩野埼選手っ!」

「カッケー! 後でサインください!」

「俺も今日だけはピッチャーしようかなぁ~っ!」


 残る件のかの……選手? は隣の二人よりも上背があり手足も長く、アイドル並みの綺麗な顔立ち。高身長で線が細いように見えるが、肩幅が広くユニフォーム越しからでも伝わってくるような厳つい体格。


 その彼が最後に自己紹介をした。


「えーと、一応プロで頑張っています狩野埼透真とうまです。よろしく」


 図体のわりに穏やか……ルックスで見ればチャラくもなく誠実な感じの挨拶。

 

 チームメイトたちの期待に満ちた歓声と拍手が聞こえる中、一瞬彼と目が合った時なぜかをされた――けどそれもほんの僅かな間で誰も気づかないまま講師陣の自己紹介が終わり、


「よし、いつも通りグラウンド五周してストレッチだ」

「「「はい!」」」


 監督の号令を皮切りに講習が始まった。

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