第4話

「改めまして、みことんの親友兼蓮見はすみヤヤ。ヨロ~」


 下着の彼女こと蓮見さんは先のトラブルなど無かったかのように明るく自己紹介してくれた。

 なんでも今日は顧問の都合で部活が休みになったそうで、親友の神樂塚さんと自主練習をしようと約束していたから部室で着替えていたのだとか――それにしても眼ぷ、もとい不幸な事故だった……。


「こ、こちらこそ。萌條司です」


 子供っぽ……天真爛漫で神樂塚さんとはまた違った美少女を前にやっぱり緊張してしまう俺。我ながら本当に情けなく思う。

 それはいいとして、


「本当に勝負に協力してくれるんですか?」

「タメ口でいいんだけど、まあ勝負なんて面白そうだし?」


 心から楽しそうに笑う彼女は本当にこど……明るいだ。

 蓮見さんが自分を《神樂塚さんの女房》だという理由は、中学時代二人はバッテリーを組んでいたそうだ。

 そんな彼女はジャージの上からプロテクターを装着している。そして相方の神樂塚さんは……、


「えーと、神樂塚さん?」

「何でしょうか?」

「なぜ制服姿のままなのでしょう?」

「誰かさんのお蔭で時間がありませんし、私は早く勝負がしたいだけです」


 制服姿で隣を歩く彼女は早くも勝負に思いを馳せているようで、真っ直ぐ前を見て凛々しい表情をしていた。

 うーん、俺はもともと着替えがないにしてもズボンだから困らないんだけど……。


 彼女の場合――


「パンチラ一発! つかっちの気を逸らす作戦だったり?」

「「――――っ!?」」


 思っても言えない事をあっさり言ってのける蓮見さんの一言で空気が凍り付く。


 恐る恐る神樂塚さんの様子を窺うと、


「パ、パン……~~~~ッ!?」


 爆発してしまうんじゃないかと思う程今日一番の赤面で固まっていた。

 なんというか、体質なのか全身朱色(もはやあか)に染まって、もうもうと噴き出すような湯気の幻影まで見える。


 そんな神樂塚さんあいかたを横目に蓮見さんが耳元で囁く。


「勝負師のみことんには気を付けてね」


 俺が何かを言う前にそっと離れ、彼女が一目散に駆け出した刹那――


「お・ま・ち・な・さ・いっ! ヤヤ~~~~~~ッ!!」


 溢れんばかりの怒りを込めた怒声を上げ、猛ダッシュで追いかけていく神樂塚さん。


 ボール篭を抱えたまま取り残された俺は、


「先が思いやられる……」


 そんな事をボヤキつつ彼女たちの後に続いた――


     ○ ● ○ ● ○


「ワンストライクですね」


 マウンド上で口角を上げる神樂塚さん。


「なるほど。いい性格をしてる」

「でしょ?」


 俺の呟きにボールを投げ返しながらニヤリとする蓮見さん。

 勝負前に言っていた「勝負師のみことんには気を付けてね」の意味がよく解った。

 中学時代で二年生の夏には《エース》ナンバーを背負っていたらしく、普段の性格から(実際には今日初めて会ったから何とも言えないけど)は考えられないような力強いど真ん中のストレート。


 過去にスポーツのバラエティー番組でプロソフトボール選手がプロ野球選手から三振を取る場面を観た事があった。

 同じ球速であってもソフトボール選手の球は実際より何kmキロか速く感じるらしい。

 実際目の当たりにして感じたのは、どう表現すればいいのか《浮き上がって伸びる感覚》が速く思わせてるんじゃないかと――知らんけど。

 アンダースローの投手が投げてもそう感じないから不思議だ。


 そして第二球――


「っと!」


 カっ!


 初球と同じど真ん中のストレート。タイミングがズレたから真後ろに飛んだ。

 次は捉える。


 第三球――


「~~~~ッ!?」


 先の二球に較べ格段にスピードが落ちている所為で完全に体勢を崩された。

 ここでチェンジアップ! この娘は――っ!


 コツン。


 辛うじてバットに当てて首の皮一枚……。


「本当にいい性格をしている」

「わぁお。みことん、本気じゃん! つかっちって、実は名のある選手?」

「へ? 何で?」

「あの娘さぁ、例えお遊びだったとしてもんだよねぇ」

「……それはそれは、へぇ」


 蓮見さんの言葉を耳にしてマウンド上を見れば、ローファーで地面を均しつつこっちを見据える神樂塚さんの眼は獲物を狙う獣のように鋭い。


 成り行きだからと無意識に相手をおざなりにしてスタートしたこの勝負。

 心の中で彼女に謝罪しつつ次に備えてバットを構える。

 相手は気弱な少女なんかじゃない。てきを薙倒さんと立ちはだかる戦乙女ヴァルキュリー


 だったら俺は――



 誠心誠意、全身全霊を以て――勝たせて貰う!

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