第3話
――私との勝負からも逃げるのですか?
って、勝負に関しては神樂塚さん、あなたが言っているだけで……逃げる云々についてはまぁ、思わないところがないと言えば嘘になる。
だけど、気付いてる? 君が妖艶な笑みに見せようとしているその表情、目尻と口角がひくひくと引き攣って頬が僅かに赤みを帯びて割と歪なモノで女の子が人前でやっていい
端的に何が言いたいのかといえば――
「えっと、煽るのが下手ですね?」
「~~っ!?」
その指摘を受け神樂塚さんは、声にならない叫び声を上げ、再び顔を両手で隠して身悶えた。
申し訳ないと思いつつ、何故彼女が勝負を持ち掛けてきたのかを考える。
俺が此処、櫻花学院に編入してきた理由を彼女は知っていた。
それをネタに何らかの脅しをするでなく(今までの彼女の態度を見る限り有り得ないが)、逆に俺が神樂塚さんの事を知らないからフェアじゃない、って言うけれど……うん、全く判らない。
「と、とにかく私と、私と勝負して下さいぃっ!お願いします~!」
「わ、判った。判ったから落ち着いて下さいっ!」
涙目で詰め寄って懇願してくる美少女に折れざるを得なかった。
こういう状況に慣れてないから勘弁して欲しい。胸の鼓動が高鳴って身体がやたら熱い。
その後、我に返って三度羞恥に身悶える神樂塚さんをなんとか宥め――
「ところで、その勝負の方法は?」
本題の勝負の話へ。
「一打席一本勝負です」
「一打席、か……」
打つ方は大丈夫だと思うけど……そもそも俺の事情を知っているなら普通こんな出来レースみたいな勝負は提案しない……よな?
「あ。私が投手で、萌條さんが打者として勝負をします」
俺が懸念していた点に思い至った神樂塚さんが勝負方法を言い直した。
「ルールは三振を取れば私の、凡打も含め前に飛ばせば萌條さんの勝ちです」
「へぇ、《凡打も含めて》と言い切るって事は、かなり自信があるんだね」
「はい。一応は」
神樂塚さんは地面に下ろしていたスポーツバッグを掲げて見せた。
《櫻花学院塁球部》
なるほど、俺が元野球部員で彼女はソフトボール部員。確かにこのルールで勝負は成立する――何故そんな事になったのかはともかく……。
「それでは準備をしましょう。こちらです」
神樂塚さん先導で辿り着いたのは敷地内にある部室棟。
彼女たち《塁球部》以外にこの部室棟には《野球同好会》しか入ってないところから察するに、此処第三グラウンドは塁球部がメインで使用しているようだ。
「どうぞ、こちらで――」
バタン。
神樂塚さんが部室の扉を開いて俺を招き入れようとした刹那、中の状況に気付き彼女は即座に閉めた。
あぁ、うん……俺もチラッと見えてしまって、正直気まずい。
部室それは即ち更衣室も兼ねている訳で……。
バァンッ。
「ちょっと、なんで途中で閉めたのよぉっ!」
「「――――っ!?」」
あろう事か向こうから扉が勢いよく開かれ、その元凶が姿を現すや否や、俺は即行で後ろを向いて天を仰いだ。
「ちょ、な、なんでその格好のままで出てくるんですか!?」
「え~、ブラもパンツも穿いてるし、素っ裸じゃないから問題無し!」
「問題無し、じゃありませんっ! そんなはしたない格好で女の子が表に出るなんて……中学の頃からずっと『恥じらいを持って下さい』って何度も言い続けているのですからいい加減にして下さい!」
「あはは……善処するね」
明らかに反省してなさそうな笑い声に呆れるしかない。
中学の頃……は知らないけど、当初より成長したであろうしなやかに伸びた四肢に瘦せ過ぎず程よく引き締まった美しいボディライン。そしてその柔肌を優しく包み込むライトグリ――いやいや、何を思い出しているんだ俺はっ!?
と、とにかく早く服に着替えてきて欲しい。
「およ? そこにいるのは同じクラスの萌條くんじゃん」
「後ろ姿で何故判るっ!? ……あ」
急に呼び掛けられ思わず突っ込んでしまい若干焦ったが――
「ねぇ、そんなとこで……あぁ、同じクラスのよしみでアタシのこのナイスバディをタダで拝んで……――へ? み、みことん、顔が、怖いよ? ひぎゃっ!?」
「萌條さん。申し訳ありませんが少々お待ち下さい」
「あ……はい」
扉が閉められたのち「ふぎゃぁああああああぁっ!」と女の子とは到底思えない悲鳴が木霊して、何故か粛々とした気持ちで待つ羽目になった。
取り敢えず下着の彼女に、合掌…………?
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