第7話 呑めない酒 その1 『修道院のイチゴ酒』
世の中に酒を扱った創作物は多い。
登場する酒は、美味そうだったり苦そうだったりと様々ではあるのだが、どちらにしろちょっと呑んでみたいと思ってしまうのが酒好きだ。
だが、レシピそのものが不明だったり、或いはそもそも存在しない架空の酒だったりで、とても本物には辿り着けないな、と、肩を落とすことも少なくはない。
今回はそんな創作物に登場する、呑みたくても呑めないお酒を、私の独断と偏見でランキングにしてみた。
後に行くほど『呑みたい指数』が上がるので、お読みになってくれた方は「ああ呑みたい!!」と、私と一緒に身悶えて頂きたい。
こうして恩を仇で返すから、周囲から人がいなくなるのである。
第5位: 修道院のイチゴの甘酒
ブライアン・ジェイクス著『レッドウォール伝説』シリーズより。
擬人化されたヒメネズミやウサギたちが、自分達の居場所であるレッドウォール修道院を守る為に悪のドブネズミや狐と戦うファンタジー小説だ。
児童文学とは思えない激しい戦闘や、容赦無く死んでいく仲間達、受け継がれる次世代への思い…と、それだけでかなり面白い内容だが、修道院内で出される食べ物がとにかく美味しそうで、ヨダレが出そうになる。
マルメロのパイも栗の砂糖漬けも、子供だった私を惹きつけてやまなかったが、ここでは『イチゴの甘酒』なるものを紹介したい。
子供たちが酒を貯蔵している樽の隙間に藁のストローを差し込み、盗み呑みをする場面が妙に印象に残っている。
あの頃は酒の味なんか知らないハナタレの小学生だったけれど、おそらくは「大人に隠れて呑む」「悪いことをしている」スリリングな状況がスパイスとなって、より美味しそうな描写になっていたのではないか。
ガキのくせに酒かよ、立派にアル中予備軍だな、とは言わないで欲しい。
サラブレッドと呼んでくれ。
私が読んだものは訳し方が割と古く、そのことも却って想像力を掻き立てられた。
栗の砂糖漬けの方がマロングラッセより美味しそうだし、イチゴの甘酒だって、恐らくはフルーツワインのようなものだろう。
修道院の動物たちは、ほぼ自給自足の生活をしているし、世界観は中世ヨーロッパに近いので、イチゴは野生のキイチゴだと推測できる。
何らかの方法でキイチゴの果汁を発酵させ、砂糖や蜜などの甘味を加え、甘い酒を作っていたのではないか。
現代においてキイチゴと言えば一般的にはラズベリーで、ラズベリーを原料とする酒を手に入れることは難しくない。
だが、正式なレシピは作中に記されていない上に、現代のラズベリーは野生種ではなく栽培種なので、酒の完全な再現は不可能だ。
いや、もし全く同じものが手に入ったとして、あの樽からの盗み呑み以上の味がするとは思えない。
甘くて美味しい、しかし『呑みすぎると頭が痛くなる』そうなので、確実にアルコールは含んでいる。
普段なら何かのお祝いに、少しだけ呑むことを許されている酒だ。
それを、大人に隠れて思う存分呑んでしまう背徳感と興奮。
同じ悪事を共に働いた友人たちとの、奇妙な連帯感。
彼らは大人になっても、きっとこの馬鹿馬鹿しいイタズラとその結果としての頭痛を覚えている。
倉庫の梅酒の盗み呑みくらいやっておけば良かったな、と、私はもう叶わない過去に思いを馳せる。
ちなみに、私がこのシリーズで1番好きなキャラクターは、毒蛇のアスモデウスである。
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