第6話 呑み屋で出会った方々 その2

『ハイボール社長』


 実際にどうだったのかは知らないが、アル中の馬鹿にもわかる程度には「偉い人」オーラを纏っていらっしゃったので、ここでは社長と呼ばせていただく。

 社長と出会ったのは、今夜の呑処を探してフラフラと呑み屋街を彷徨っていた時だった。

 何となく意気投合し、何となく一緒に呑むことになった。

 真面目な方には信じられないだろうが、酒呑みにはこうしたことが度々起こる。

 即席の呑み友達に、性別も年齢も職業も関係ない。

 こういう誘いには乗ったほうが面白いので私はホイホイ付いて行くが、 完全に自己責任なので特に若い女性にはお勧めしない。   

 とにかく『抱いたオンナの人数』だけをステータスとしている、オス界のツラ汚しは結構多い。

 そして、そういう生ゴミ以下の卑劣なカスは、体重が3桁でも風呂に1ヶ月入っていなくても腕が躊躇ためらい傷まみれでも、平気で近付いて来て口説こうとする。

 自分に限って、なんて思わないことだ。

 貴方は多分、自分で思っているより可愛いし魅力的なのだから。

 だがしかし、私はアル中界隈でもトップクラスの馬鹿なので、もちろん社長と呑みに行った。

 何度も言うが、お勧めはしない。

 自己責任である。

 場所は社長行きつけのスナックで、ママさんは妙齢の美女だった。

 酒は社長のボトル。

 確か、山崎だったと思う。

 ある程度場数を踏んだウィスキー呑みに人気の、ジャパニーズウィスキーである。

 そして、結構なお値段である。

 普通は遠慮するのだろうが、誘ったのは向こうだし、こちとら酒に関しちゃ最高に意地汚いアル中だ。

 ラッキー、とばかりに、ハイボールを作ってもらってバカスカ呑んだ。

 社長も結構呑んでいたし、実際に酔ってはいるのだが、不思議なことにボトルの減りが遅い。

 それなのに、割材である炭酸水はどんどん無くなる。

 どんどん無くなる。

 スナックのママさんもホステスさんも呑んでいるのだが、彼女たちは話し相手になるのが仕事なので、度を越した呑み方はしていない。

 会話の内容は…割と、とりとめの無いものだった気がする。

 酔っていたのであまり覚えていないが、社長が人生訓のようなものを語り、ホステスさんと私が相槌を打つ感じだった。

 やがて、社長の顔が真っ赤になり、呂律が回らなくなってきた。

「タクシー呼びましょうか」

 ママさんが声をかけ、社長は眠そうに頷いた。  

 タクシーが来ると、社長はママさんに支えられながら大人しく帰って行った。

 今までも似たようなことが何度もあったのだろう、そう思わせるような自然な流れだった。

 来店してから、さほど時間は経っていなかった。

 社長は私の分も払ってくれたが、純粋に呑みたりなかったので、ここから先は私の財布から支払うことを申し出て、もう少し呑むことにした。

「ペース、早かったですね」

 酔いざましのビールをもらいつつ、私はママさんに話しかけた。

 社長の呑みっぷりは凄かった。

 パカパカと水のようにグラスを空けてしまう。

 だから早く酔いが回ったのだろう、そう思っていたのだが。

 ママさんは苦笑すると、新しくハイボールを作ってくれた。

「これ、あの人が呑んでいたのと、同じお酒」

 山崎のハイボールなら、私も一緒に呑んでいる。

 怪訝に思いながら、口を付けると。

「!?」

 ウィスキーが入っていなかった。

 いや、微かにそれらしい風味はある。

 が、ぼったくり店の呑み放題でも、もう少し濃くしてくれるだろう、そのくらいに薄いハイボールだった。

「あの人ね(ママさんは、社長を◯◯さん、もしくはあの人と呼んだ)、ほとんど呑めないのよ」

 スナックの照明が赤っぽい上に薄暗いせいで、グラスそのものが微かな琥珀色を帯びていた。中の液体がほぼ透明だなんて、私は全く気が付かなかった。

 ママさんは山崎のボトルを絶妙な角度で傾け、社長が呑み干せる濃度のハイボールを作っていたのである。

 それなのに、なのに。

 私は、何ということをしてしまったのだろう。

 昭和の大人の社会では、男性は酒が呑めて当たり前だった。今となっては阿呆の極みの老害的風習だが、たくさん呑める程偉いとされていたし、呑めない男性のことは馬鹿にしても良いという風潮があった。

 そんな中、女性に呑み比べで敗北したとなると…。

 呑める量は遺伝子で決まる。  

 社長は何も悪くない。

 しかし、彼自身が未だに、そういう間違った常識に縛られていたのだとしたら。 

「いいのよ。気にしなくて」

 ママさんはそう言ってくれたものの、妙な罪悪感でその晩は気持ち良く

酔えなかった。

 馴染みのスナックを持つ社長が、何故私を誘ってくれたのかはわからない。

 前述したような、女性の身体目当ての輩とは違うと信じたい。

 だが、真実は闇の中だ。

 あれ以来社長とは出会えていないし、連絡先も交換しなかった。

 そう言えばこんなこともあった、と、思い出に留めておくのが1番良いのだろう。

 でも。



 ママさん、私のことを「ハイボールの女」って仇名あだなつけなくても良いじゃないか!

 ママさんのスナックの常連さんに笑われたぞ!

 わーん!!

 

 

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