第4話 大好き、サイゼリヤ

 週に3回から5回の割合で、楽園の美酒に酔っている。

 サイゼリヤで安いワインをしこたま呑みながら、美味い料理を楽しむだけなのだが、これがもうたまらなく楽しい。

 サイゼリヤとは、全国展開しているイタリア系ファミリーレストランのチェーン店である。

 念の為の補足。

 サイゼリヤの特徴は、なんと言ってもその値段の安さだ。

 500円払えば、きちんと鉄板に乗った熱いハンバーグにグラスワインが付けられる、こんな気の狂ったコストパフォーマンスは日本全国でもサイゼリヤだけだろう。

 そして、サイゼリヤならではの楽しさ…大人なのでもう少しお金を払って、もっと美味しくて豪華なレストランに行くこともできるのだが、そういう店では満たせない欲求をサイゼリヤは優しく受け止めてくれる。

 自由、である。

 サイゼリヤの席に案内された瞬間、人は束の間の自由を手に入れる。

 1人ないし2人掛けの小さなテーブルと椅子は、自分だけの玉座。

 何をどれだけ注文しようが、また、どんな食べ方をしようが、それを咎める者は基本的にはいない。

 パスタを数種類頼んで、食べ比べをするのも自由。

 いきなりデザートを食べるのも自由。

 切ったハンバーグと目玉焼きをプチフォッカに挟んでサンドイッチにするのも、ピザをやたら大きく切って豪快にかぶりつくのも、エスカルゴにパンではなくライスを合わせるのも、パスタに辛いドレッシングをどばどばかけるのも、ドリアの上に温泉卵を3つ乗せるのも、フォークとナイフではなく箸で食べるのも、ワインをドリンクバーのジュースで割るのも、全て自由だ。

 普通のレストランでやったらつまみ出されるようなことも、サイゼリヤは広い心で許してくれる。

 もちろん、全て残さず美味しく食べて、きちんとお金を払うことが前提である。

 だが、主菜も副菜もデザートも全部ぐちゃぐちゃに混ぜて残す、というクソつまらない動画配信者のようなことをしない限り、大抵のことは許容されていると言って良い。

 むしろ、サイゼリヤでテーブルマナーを語る奴が居たら、そっちのが野暮である。

 良いではないか、パスタを食べるのにフォークとスプーンを両方使ったって。

 話が逸れてしまったが、人目もマナーもあまり気にせず呑む酒は本当に美味い。

 今も、かの楽園でハンバーグの鉄板にこびり付いた冷めたチーズを引っ剥がして残ったデミグラスソースに絡め、それを噛りながらワインを呑んでいるのだが、こういう無作法な食事はやっぱり楽しい。

 童心に帰る気がする。

 酒を呑んでいるくせに、童心とはこれいかに。

 幼児というものは、食べ物で遊んでしまうそうである。

 ご飯を手で握って汚らしく丸めたり、せっかくの料理をテーブルに放り投げたり、前述のクソ動画配信者のように全てを混ぜ合わせてみたりするらしい。

 食べ物で遊んではいけません。

 誰しも、そう教育されて成長する。

 しかし、知育菓子というものもある。

 「遊ぶ」は、即ち「想像」と「創造」。

 そして、酒で幼児退行した脳は「遊び」を欲している。

 「想像」し「創造」したもので自らの舌を楽しませる、それは「食べる」という行為をより能動的なものにしてくれるのではないか。

 ただ出された食事をお行儀よく消費する、受動的な食事からは得られない何かを、サイゼリヤは与えてくれるのだ。

 じゃあ、自分で料理しろよ。

 そんな声が聞こえて来そうだが、調理という工程を省き、ただ遊び食べて片付けは店員ひと様に任せる…と、いう美味しいところ取りしかアル中はしたくないのである。

 一時期、サイゼリヤでのデートの是非が取り沙汰されたが、私は肯定の立場だ。

 実際にサイゼリヤデートは何度もやっているが、 その時の相手の言葉をここに記す。

「ハンバーグと目玉焼きをさ、ご飯に乗せて食べたいんだけど。嫌かな?」

 いいよ、と、私は言った。

 ここは高級レストランではない。

 そのくらい、好きにすれば良い。

 相手の食べ方や注文の仕方の価値観が、自分と合っているか否か。

 サイゼリヤであれば、恥をかかずに確認し合うこともできる。

 ところで、サイゼリヤ呑みをやりすぎた結果、店員さんに顔を覚えられて、「今日はビールからですか」なんて話し掛けられるようになっちゃったし、1人で瓶入りワインを頼んでも「呑みきれなければ持ち帰っても良いですよ」の確認をされなくなったんですが、これは私の存在自体が恥なんですかね?

 

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