第4話

 東側戦車達の歓迎パーティーは西側戦車娘達が懸念していた様な事は起こらなかった。パーティーが終わり、90式は一旦自衛隊車両達と別れて自身に割り当てられた部屋に向かった。

 部屋はヤタハーンと同じ部屋である。


「ヤタハーンと同じ部屋、安心しました」


 90式の荷物で有ろう衣装ケース3つと大きめのキャリーケース、リュックが部屋の真ん中に置かれていた。90式はそれ等の封をしているガムテープを解くとベッドの下に入れたり服をクローゼットに掛けていく。


「そう言えば、配置の統制等はありますか?」

「ないない。

 此処は軍隊じゃないもの。好きな様にして」


 90式の言葉にヤタハーンは笑って答えつつ荷解きの手伝いをする。


「電化製品とかも好きな様に使って良いわ。

 PS5とか無いの?」


 ソニーは好きよ、とヤタハーンの言葉に90式は苦笑しつつ、流石にゲーム機は持ち込んでませんと答えた。

 リュックからパソコンを取り出してセッティングする。


「パソコン持ってるの?」

「はい。

 諸元整理やその他書類等を作成したり送ったりするのに必要かと思いまして」

「真面目ね」


 ヤタハーンは苦笑しながらガムテープ等を集めてゴミ箱に放り込んだ。


「そういえば」

「なに?」

「東側の戦車達の顔写真と名前が書いてある表などが欲しいのですが手に入りますかね?」


 90式の言葉にヤタハーンはさもありなんと頷いた。


「んーそう言うのは無いけど、T-64に頼めば用意してくれるかも」

「T-64、ですか?」

「そう。

 今日のパーティーで司会してた奴」


 90式はそこで漸くあの左モノクルの戦車娘の名前を知った。


「あの方がT-64なのですね」

「そうよ。

 この際だから向こうの派閥も教えとくわ。

 東側は大まかにT-54/55を頂点にT-64派閥とT-62派閥があるの」


 ヤタハーンの講座に90式が慌てて手帳を広げて描き始める。

 T-54/55は最早双子と言って差し支えないほどに見分けが付かない。事実、この2両は換気扇カバーの有無やスリットの違い程度の見分けしか無く偽装を完璧に施されるとどっちがどっちか分からないそうな。もちろん性能にも大差は無い。

 そして、そんなT-54/55の後継として作られたT-62を長とし、T-72やT-90シリーズが与する通称62派とT-64を長としてT-80シリーズやT-14ファミリーが与する通称64派がある。


「何故、この組み分けなので?」

「簡単に言うと、62派は迅速な配備とよく言えば安牌を悪く言えば旧式の技術で堅実な設計をされたのよ。対して64派は覇権を取るために作られた火力、機動、防護力を高性能に求めた性能をしてるわ。

 T-62はT-64の高性能版なのよ。でも、余りに高いからT-72はT-64で培った技術とT-62のコスト面を求めたわけ。だからT-72達の直系はT-62なのよ。T-90もT-80が量産できなかった穴埋めとしてT-80の砲塔とT-72の車体を合わせたわけじゃない?

 だからT-90はT-72やT-62の直系として傘下にいるのよ」


 ヤタハーンの説明に90式は成程と頷いた。


「ヒトマルがナナヨンの直系と言うそれと同じ考えなのですね」

「そうなの?」


 ヤタハーンが驚いた顔をした。


「はい。

 私とナナヨン、ヒトマルは同じ企業に作られましたが運用コンセプトは違います。

 ナナヨンは本州の全国凡ゆる場所で戦える様に考えてますが、私は北海道で戦う前提で作られてます。

 なので車重も50トンですし、ナナヨンやヒトマルと違って身体も大きいのです。車両を見れば分かりますが、内部の広さとかも全然違いますよ」

「へー」


 ヤタハーンはそうなのねと意外だわと頷いていた。


「でも、仲は良いのね」

「ええ、派閥を作る程の種類も無いですしそんな暇もありません。

 ただ、ナナヨンは射撃より演習に力を入れる傾向にありますね。私はどうしても射撃メインで考えてしまいます」

「どう言うこと?」


 90式は少し恥ずかしそうにベッドに腰掛ける。


「私が主に配置されている北部方面隊は陸上自衛隊機甲科戦車兵では射撃のメッカなんです。

 なので、何よりも戦車射撃が優先されるし、よく当たる射手、よく当てる単車、よく当てる小隊が正義と言う風潮が根強いんですよね。

 なので、私もそう言う固定概念があるんです」


 ヤタハーンはそこで74式や10式が射撃なら90式が一番秀でていると言った言葉を思い出す。


「成程、そうだったのね。

 他国のそう言う話、面白いわ」


 ヤタハーンはそう笑うとお風呂に行きましょうと誘った。

 90式ははいと頷き入浴セットと着替えやタオルを自衛隊迷彩の手提げ袋に入れる。


「此処のお風呂、サウナや垢すり、露天風呂とかあって凄いわよ」

「へぇ、凄いですね!

 お風呂は良いですよね」


 90式は俄然テンションが上がり、そんな90式を見たヤタハーンが日本戦車達は本当にお風呂好きなのねと苦笑する。


「おや、これはこれはキューマルシキさん」


 そこに東側戦車が現れる。右にモノクルを掛けた少女達が現れた。


「えーっと……」


 90式はどのシリーズだと言葉に詰まる。


「T-72姉様方です」


 背後から出てきたプラルィヴが紹介するので90式は先程はありがとうございましたと頭を下げた。


「まだ、私達の顔は覚え切れて無いようね」


 T-72の誰かが笑うと90式は困った様に頷いた。


「ええ、そうですね、すみません。

 もう誰が誰やら」


 90式が正直に白状するとT-72達は笑い出す。


「後で各シリーズごとの顔写真と名前を入れた名簿を送るわ。

 54/55姉様達にも伝えておくわ」

「それ、西側戦車達にも配りたいからデータでちょうだい」


 ヤタハーンが言うと仕方ないわねとT-72が答えた。


「そういえば、貴女の姉妹、特にナナヨンシキもいっぱい居るでしょう?それはどうやって見分けているの?」


 T-72がふむと顎に手を当てて小首を傾げた。


「ナナヨン姉さんは改修なので貴女方T-72シリーズの様に個別識別は殆どしないのですよ。

 なので、ナナヨン姉さんは基本的にE型です。偶にGになったりしますが、Gモデルは疲れるとかで。

 私も幾つかのバージョンが有りますが最新式の所謂二師団モデルと言う奴ですよ」

「そうなのね。

 ヒトマルもそうなのかしら?」

「ええ、彼女も何だかんだで常にバージョンアップしてますからね。

 最新のヒトマルですよ」

「あら、そうなのね。

 なんでも脅威度判定や自動で狙いを付けてくれるそうじゃない」


 90式はT-72達のスパイ活動に内心舌を巻いていた。ロシアはソ連時代から続く有名スパイ国家でもある。隙あらば情報を抜こうとしてくるのだ。


「さー?

 私もヒトマルの性能は余り教えて貰ってないんですよ」

「ゴラァ!!テメェ等ァ!!

 ウチのキューマルに何しとるんじゃワレェ!!」


 背後からそんな怒鳴り声が聞こえ、全員がその場で気を付けをしてしまう。90式が振り返るとそこに居たのは16式を連れた60式自走106ミリ無反動砲だった。

 背は小さく愛くるしい見た目とは裏腹にその声量や眼力は主力戦車達を震えさせるには充分なものだった。


「し、親睦を深めているだけです」

「何もやましい事はしてませんよ、ねぇ?」


 T-72達が何とか回復して90式に告げる。90式もそこで慌ててハイと頷いた。


「先程のパーティーのお礼と、皆さんの顔写真と名前が入った名簿を貰えると言う話をしてたんですよ。

 マメタン先輩はもう顔と名前一致してますか?」


 90式の言葉に60式はフムとT-72やT-90を見る。


「こっちがT-72でこっちがT-90ですね。

 細かい形式は区別が付かないです」


 60式はウムと何故か少し偉そうに頷く。


「見分け、付くんですね」

「当たり前です。

 私の仕事はコイツ等をボコボコにするのが仕事。T-80とT-72はトイレやお風呂に写真を貼って常に一瞬で見分けられる様にしてましたよ」


 60式は鋭い眼光のまま東側戦車娘達を威圧する。


「そ、そうなのですね。

 そろそろ私達は部屋に戻ります」


 T-72達はそそくさと去った行った。

 そして、完全に姿が見えなくなるまで60式が睨みを利かせていたが、見えなくなった途端フヒーと息を吐く。


「あー怖かったです。

 キューマルさん、大丈夫でしたか?」

「はい、ありがとうございます。

 流石豆たん先輩ですね」


 90式が尊敬の眼差しを向け、ヤタハーンは驚いた顔で固まっている。


「恥ずかしいねー

 しょーじき、私も彼奴等相手に真っ正面切って戦えないからねー気合いだけでも負けない様にしておかないとねー

 キューマルさんみたいに私もドッシリ構えたいけどね」


 60式は恥ずかしそうにパタパタと手を振る。

 60式はその外観から可愛いとか愛らしいと言われチヤホヤされているが、その実61式より一年早く採用されている。

 1960年代、ベトナム戦争もあり中東戦争もあり、世界は冷戦真っ只中に採用された兵器だ。その為、ソ連の脅威と言う物をその身で受けて国防の最前線を絶望の中で耐えた車両なのだ。

 故に、その気合いはソ連崩壊をその目で見た90式や話でしか聞いていない10式、16式とはその覚悟は段違いに硬いのだ。

 もちろん、90式以降が国防の覚悟が無いのか?と言えば勿論否だ。しかし、60式や61式の居た時代には旧軍を経験した人間もまだいるし市井には従軍経験のある者が大勢いた。

 故に戦争を知らない世代と知っている世代の覚悟はまた違うのである。


「豆たん先輩、私達お風呂に行きますが先輩達はどうします?」

「あ、行きます!

 キューマルさんを探してたのもそれが理由です!」


 60式がそうそうと、背負っていた黒いナップザックを90式に見せる。16式も90式と同じ様に自衛隊迷彩の手提げだ。


「じゃあ行きましょう!

 ウクライナのT-80さんも!」


 60式はどう言う接し方をして良いかと困っているヤタハーンに笑いかける。


「そ、そうね。行きましょう」


 ヤタハーンが若干の戸惑いを見せながら60式の後に続く。そんなヤタハーンの様子を楽しそうに90式と16式が後に続いた。

 脱衣所に入るとそこそこ賑わっている。90式を始めました日本の車両達は何の気後れも恥ずかしさも無く服を脱ぐ。


「ヨーロッパ顔だけど、貴女はやっぱり日本の戦車ね」


 ヤタハーンが感心した様な呆れた様な顔で90式を見る。


「はい。私は日本戦車です」


 90式は何を当たり前なと言う顔で首を傾げ、60式と16式に続いて浴場に入る。

 浴室は非常に広く、90式は思わず感嘆を漏らす。


「凄いですね……凄いですよ!」

「はい!凄いところですねここ!」


 同じように16式も感動したようにキョロキョロと周りを見回す。


「こっちです!」


 そして、60式が胸を張りこっちですと案内する先は洗い場だ。

 90式も16式も60式の案内に感謝してヤタハーンはそんな3人に日本戦車ねと笑った。

 風呂に入る説明は要らないのだ。

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ぱんつぁーぱんつぁー はち @i341sa98

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